実は他界したのは先月の事になります

旦那の事、父がいなくなったショック、そして母に代わり色々な事をしなければならなかったのでなかなかブログには手をつけられませんでした

リアルタイムでホスピスの事を書いていきたかったのですが、、

まず結論としてホスピスに転院して良かったなと思います

あくまで父のいた病院の事ですが良かったと思う事を箇条書きにしてみます

1.看護師、先生達皆さんがいかに安らかに看取りをする事が出来るかという事を念頭に接してくれる

急性期病院では医療は行ってくれるが家族への精神的配慮までは手が回らないのは実感していたので。
面会に行く度、こちらから聞かなくても必ず病室に来てその日の様子などを教えてくれたので、忙しそうな看護師さんの様子を見ながら聞かなければならないといった事がありませんでした。

2.毎日面会が出来た

今、入院中の面会が出来ない中これが本当に有り難かった。
1日30分という短い時間でしたが、寿命が目前に来てる父の顔を毎日見られるのは本当に嬉しかった。
今これも問題になってますね。
家族が会えずに亡くなるという、、
命の灯火が段々と弱くなっていく中毎日病室で1人、何て心細いかと思います。
これはコロナ禍だとしてもどうにかして欲しい。そんな中でオリンピック、、
実際こうした身内がいる方はオリンピックどころじゃないと思います。

3.延命の為の医療行為はしないのが前提なので不安はありましたが点滴を繋ぎっぱなしの浮腫や、腹水などの症状はなかった。

最後の顔は本当に穏やかな顔でした。
口元なんか微笑んでいるかのような。


ホスピスに転院して約1ヶ月でした。

ホスピスに転院当日ですら状態が悪く、先生にも数日の可能性があると言われてたのに

お父さん、頑張ったね


決して仲良し親子でもなく、実家に行っても話もそんなにしなかったし、昔からお父さんだけど他人のような、口数が少ない人だったから、娘が可愛くて可愛くてたまらないっていうタイプの父親を見ると、羨ましくてしょうがなかった。

だから転院して1ヶ月、こんなにずっと見たことないっていうくらい父親の顔見たな。

そしたら発見して。

鼻が、、ソックリな事

知らなかったよ

私の鼻、、お父さんソックリだったんだ

どちらかと言うと、妹がお父さん似
私がお母さん似だったから


鼻が高いね、って昔からよく言われてたけど、これはお父さんからの贈り物だったのか、、

昔は本当に嫌いだった

顔を合わせるたびに説教、世間話などした事ないのに、たまに話す事と言えば説教、、笑

そんな父も年を取るに連れて穏やかになって怒る事はほとんどなくなった

そして亡くなる直前まで本当に頭はハッキリしてた。


ボケたり、トンチンカンな事を言ったりする事はなかった。

モルヒネを使うようになってからは少し訳わかんない事を口走る事もあったけど、最後の最後まで頭がハッキリしてたのは凄いなって思う。


ほとんど会話が出来なくなってきた亡くなる1週間前だって、帰る時には車気をつけて帰れよって言ってた

決して良い娘じゃなかったけど、

いなくなってから思う

父親という存在に守られて今までいたんだという事


ありがとう、お父さん