GW・・・2 | hiroの写真とたまに闘病記録

hiroの写真とたまに闘病記録

〜〜骨髄線維症・骨髄肉腫体験談〜〜

前回は妹から着信があって、

電話をした件までです。

 

 

山頂だよ〜〜大山

って返事が出てくると思ったら

最初に出てきた言葉は

 

「道に迷った〜〜えーんえーん

 

えっ!どこで!

山道だったら、俺は助けに行けないよ!

 

まだ十八神社に辿り着けへんねん泣き顔

 

は?こっちはとっくに着いてますが・・

今どこなん?

 

それがわからへんねん泣き顔

○○ちゃん(妹の友達。目印だったみたい)の家の横、通った?

 

いや、○○ちゃん知らんし。なんか目印になるもんないの?

 

何もない。なんか草ばっかりの道。

 

そんなとこ、通ってへんで。

グーグルで、今の場所調べてみーや。

(妹もiPhoneです)

 

それがな、グーグルの使い方、知らんねん・・・・

 

妹は勉強をあまりしなくても県内でも1番の高校に行った、

いわゆる頭の良い人なんですが、まさかグーグルマップの使い方を知らないとは・・・

 

じゃあ、こっちの場所をメールで送るから、

一旦切るで。

 

と言って私の場所を添付してメール。

 

ところがうまいこと開けないとか、

見方が分からないとかで、

最後には、もう一度道戻って、誰かに聞くってことになりました。

 

あくまでもアナログの人なんやね。

 

 

最初に電話をしてから三十分後、

あまりに遅いので再度電話をすると、

くぐもった声で、「後でまた電話する」

とだけ言われてすぐ切れた。

 

ん?もしかして?

と思って、私も途中まで妹を探しに下っていたのを、

また戻って登山口まで歩いていると

妹からまた電話がかかってきました。

 

「やっと着きました〜爆  笑

最後は軽トラで送ってもらってんニヤリ

とのこと。

 

やはり、私の予想通りでした。

 

この時点で家を出てから一時間半。

子供達も結構歩いて、しかも迷いながらの歩きは疲れるからね。

もう登るの諦めたかなと思ってたら、

空気読めない次男が、「ここまできたら登りましょがんばるぞがんば

なんて言うもんだから、妹軍団は登ることに。

 

軽トラ乗ったきっかけは、

最初に道を聞いた、畑で作業していた年配のご夫婦に、

道に迷った感じのことを話すと、

奥さんの方が

「子供の日にこんなリュックしょって、

可哀想やから、あんた送ったり。

今日ら、警察もおらんやろから軽トラの後ろに乗せても大丈夫やろ。」

と言って、旦那さんが送ってくれたそうです。

 

まぁ、これも一つの人徳と言うか、

出会いですね。

 

妹もまさかここに来るのに、

最後は軽トラになるとは思ってなかったと言ってました。

 

 

なんだかんだと、少し休憩して、

妹軍団の五人は山の中へ消えて行きました。

 

そして私と長男は神社の石段でお弁当を食べることに。

 

いや〜外で食べる弁当は、やっぱうまいね。

久しぶりに山に来たし、気持ちもいいし。

 

食べ終わったら、私は写真を撮りにそこらへんをウロウロ。

長男は持ってきた本を読んだり、音楽聞いたり。

 

image

 

こちらが十八神社(いそは)。

ひっそりとした場所です。

 

 

image

 

そこからの眺めです。

ちょっと分かりにくいですが、

高見山とかも見えます。

実は、山頂よりここからの眺めが一番よかったりします。

 

 

結構ゆっくりと時間を過ごしました。

 

妹たちがのぼり始めて、

一時間少し経ったころ、

山頂で弁当食べてます〜とメールが。

 

image

 

良かったね〜と思いながら、

下りは40分ぐらいかな?と思って、

二時ぐらいまで待ってるつもりでした。

 

また帰りに道、迷われても嫌だから。

 

その間、のんびり過ごしてました。

 

が、のんびり出来たのは二時まで。

 

時間になっても、一向に降りて来る気配がないし、

連絡もない。

 

で、メールで「今どこまで降りてきた?」と送ったところ、

電話がなりました。

 

「道に迷ってん〜〜〜泣き2泣き2

 

おいおいゲロー

 

続きはまた書きます。。。。