神や仏の力などに頼らないイメージの信長が必勝祈願したのには理由がある。神社に伝わる伝説によると、稲葉山城を攻め入る際に、周囲の寺社を焼き払いながら進行したところ、この手力雄神社の手前で突然霧が立ち込め、信長自身が馬から落ち、体の身動きが取れなくなった。信長はこれを神罰だと恐れ、手力雄大神に参拝すると、たちまち霧は晴れ、信長の手足の自由も戻ったという。勝利した信長はこの地に戻り、神社周辺の土地を社領として認め、さらに神社内で乱暴狼藉、放火、竹木伐採を禁ずる禁制を出し、その後もこの手力雄神社を手厚く保護したという。写真は境内の南東側から拝殿を眺めたもので、拝殿の前は正月の飾りものなどで何とも賑やかだ。

この手力雄神社から南西方向約2.5㎞の岐阜市蔵前にも、同一神社名の手力雄神社がある。4月第2土曜日の春の大祭(手力の火祭)は、火薬や花火を仕込んだ神輿を裸男が担ぎ、火の粉を浴びつつ境内を練り歩く豪壮なもので「火祭」として著名。300年余の歴史を誇り、岐阜県の重要無形民俗文化財に指定されている。二つの手力雄神社(各務原市と岐阜市)の関係は、隣社という以外何の関係もない。各務原市の手力雄神社の祭神の天手力雄神は、戸隠神社の影響が強いといわれている。事実、本殿の軒に龍の彫刻があり、龍に関わる話が伝わっているが、これは戸隠神社の九頭竜社の影響という。岐阜市の手力雄神社は、貞観2年(860)、朝廷の宮中の祭神を分祀したもので、元々の祭神は伊勢神宮の天手力雄神であるという。両社の祭神は「天手力雄神」で、しかも社名は手力雄神社と同名である。約2.5kmの距離に、同じ神様を祀る、二つの同名の神社があるのは不思議な気がする。両社では距離も近く混同されやすいことから、間違えないように呼びかけている。
県道152号沿いの大鳥居、右手奥に駐車場がある。手力雄神社で勝運・開運を得るにはまずこの一の鳥居をくぐる。参拝したのは13時過ぎだったが、この一の鳥居から長い行列ができていた。

立派な石造りの二の鳥居前後も、初詣参拝者で大混雑。正面奥に拝殿が見える。

二の鳥居をくぐると、右手に龍の口から清めの水が流れ出る手水舎がある。龍の吐水口が多いのは、龍が水を司る神様として崇められていたことが由来とされている。左手には子安薬師がある。由緒によると、創建は古く、江戸時代承応2年(1653)に建立され、神仏習合の時代でもあり本尊は薬師如来を祀る。古来より子護り薬師様として広く親しまれ、子供の産立(ういだち)前には、手力様と共に初参りをして、無病息災・健やかな生育を祈願される等、延命長寿・縁結び・除災招福の神様として信仰されている。

拝殿に向かう参道には、参拝者が整然と並んでいる。拝殿前には大きな門松飾り、手作り感満載の「午年」の正月飾りが置かれている。

趣のある立派な拝殿で正面には織田家の家紋、木瓜(もっこう)の幕が掛かる。拝殿の奥が本殿で各務原市の重要文化財に指定されている。信長が戦勝を祈願・成就したことから、必勝や厄除け、開運に神徳があるとされ、スポーツ選手らの信仰を集める。拝殿の中には、県内・県外を問わず多くのスポーツチームの写真や楯が飾られている。必勝祈願に訪れるだけでなく、信長と同様に、勝った後のお礼の報告もされているようだ。ここでは正式な参拝方法「二礼・二拍・一礼」で参拝。まず軽く一礼したあと、賽銭をそっと入れる、ぶら下がっている鈴は邪気を追い払うために鳴らす、2度深くお辞儀をする。そして2度柏手(正式には拍手という)を打ち、そして最後にもう一度深くお辞儀をする。願いごとがあるときには、この最後の一礼の際に心に念じる。長い行列ができるのは、参拝は二人づつに限られ、正式な参拝作法の遵守が要因か!。

おみくじ、御札、御守の特設授与所(左上)。おみくじ納所は境内の奉納「さざれ石」の前(右上)。おみくじは若い人も興味があるらしく、人気アイテムだ(下)。

拝殿から裏に回ると延宝2年(1674)に建てられたとされる本殿がある。流れ造りと呼ばれる形式の建物で檜皮葺きの屋根が特徴的である。この本殿軒下の左右に、龍の胴体と四肢が柱と梁に巻き付くように取り付けられているが、作者など詳細は不明という(上)。境内史跡めぐりの案内があったので本殿の裏へ回ってみる。神社の北側にある山裾に、古墳がある。手力雄神社の古墳は「円墳」で、誰の墓かは不明だが、亡くなった人を収めた石の部屋「石室」を外から見学できる(下)。

本殿の左手(西側)の龍の彫刻をズームアップ。精緻な龍は木彫寄木造りで、本殿とともに造られたと伝えられる。作者は不明とされているが飛騨の匠が作ったのが有力だとか。ただ、恐ろしいほどにカッコよく、迫力のある彫刻である。

境内あちこち。御守特設授与所(左上)、絵馬納処(右上)、参拝者の暖をとるための焚き火(左下)、拝殿前の珈琲、紅茶の出店(右下)。

岐阜県各務原市那加手力町4 那加総社手力雄神社のMAP

























