偏った思い込みが、
チャンスと可能性の
邪魔をするかもしれません。
こんにちは。
リアルライフコーチ きくま ひろこです♪
自分の枠を壊すとか、
超えるということについて書いていますが
それは言ってみれば
一旦、自分を「素」に戻すことです。
制限をかけず、
縛りもせず、条件も付けず、
一度、ゼロ地点に戻るような。
フラット、ニュートラル、中庸
いろいろな言い方がありますが、
つまり
偏りがないということです。
自分を枠にはめ込むことで
(無理やり押し込むことで)
何らかの偏りが生じますので、
枠から自分を解放することは
その偏りを失くすことになりますね。
誰も
自ら進んで枠にはまりたい、
自分を枠に押し込めたいと
思う人はいないはずなんですよ、
本当は。(笑)
だけど
どこかに心当たりないですか?
他者の目を気にして
気兼ねしたり、遠慮したり、
目立つことを避けて
発言や行動を控えたり、
どう思われるかを気にして
やりたくないことをやったり
対立やもめごとが嫌で
理不尽なことに耐えたり。
日常の中に
そういうシーンはいくらでもあるはずで
言ってみれば
「大人の対応」のようなところもあって
必ずしも悪いとばかりは言えません。
それから
いままでの自分の経験から
断定的な法則を勝手に作り出す
みたいなこともあるかもしれません。
たとえば
これまでの経験、経歴で
それ以外の選択はないと思い込む。
いまの自分の環境で
チャレンジ出来ることはないと決めつける。
新しい出逢いやチャンスなんか
訪れるわけがないと自分に見切りをつける。
どれも
自分を枠の中にはめ込んだり、
制限をかけた見方や捉え方で
自分を縛っていると言えそうです。
第三者の眼には
それが「偏り」に見えても
自分にとってそれは
「あたり前」であったり、
何なら「常識」だったりするわけです。
もっと言うと
決して変えられない不変の法則。
(んなワケあるかいな/笑)
これって、
「誰かのこと」として見るのと
「自分のこと」として考えるのでは
ずいぶん違ってくると思いませんか?
「ずっと調理の仕事をしてきたんです。
本当はガラス食器の販売店に勤めたいけど
そんなチャンスに出逢えるわけないし・・・」
・・・と、
知り合いの娘さんのお友達のいとこが
そんなふうに言ったとしたら
どう思います? どう感じます?(笑)
これを
あなたの親友が言ったとしたら?
これを
あなた自身に置き換えるとしたら?
もしかしたら
少しずつ答えが変わるかもしれません。
思い込みが
挑戦の足を引っ張ります。
思い込みが
可能性を邪魔します。
思い込みが
チャンスを逃してしまうかもしれません。
そこには
どんな枠や縛りがあるか、
そこにある偏りに気づけるか、
気づいたとして、
どんなふうに扱えるか。
偏りに気づくことは
フラット、ニュートラル、
中庸に気づくことでもあり、
それを扱えることでもある
・・・と思います。
10月の「カオラボ」のテーマは
「中庸の哲学」です。
揺れてもいい、
揺れながら中心点に戻り
「偏りのない私」で
世界を拡げていく人生がいいですね。
「カオラボシェア会」は
10月24日(土)9:00~
Zoomにて開催いたします。
土曜日の朝ですが、
お時間合いましたら
ぜひご参加くださいね。
お待ちしております。
あなたがあなたを超えて
豊かに生きられますように♪
◇◇◆――ご提供中のサービス――◆◇◇








