そもそもご縁は
眼に見ないもののひとつですね。
こんにちは。
リアルライフコーチ きくま ひろこです♪
昨日、こんな記事を書きました。
既にこの世から旅立たれた方、
少なくとも今世では
二度とお会いすることはないですが
それでも
繋がっていただいたご縁に
いまでも感謝しています。
たとえ眼に見えなくても
その存在がなくても
私の中に
確かにそのご縁を感じます。
亡くなった方だからという
特別な理由ではなく、
いま現実に繋がっている人の中にも
同じように深く強く温かい
ご縁を感じることがあります。
それは
理屈で説明するのはちょっと難しくて、
無責任なようですが
ひと言で言ってしまえば感性です。
私達は
いわゆる「感覚」でわかることって
確かにあると思うんですよね。
きっと
理屈で説明することも出来るはずで、
たとえば相手の言葉や行動に
自分がどんな印象を受けて、
どんな気持ちになるかが
その後のご縁を決めるかと思います。
でも、ですね。
与えても与えても、
もっと与えたいと思うこともあれば、
これだけやったのに・・・とか
これだけやっても・・・と
寂しい気持ちになることもあったり、
ここで一区切りにしよう
・・・と思ったりすることもあります。
それはむしろ
理屈というより
感覚的なものだと思うんです。
長い間、
私は、それが相手の態度によるもの、
「相手のせい」だと思ってきました。
でも
どうやらそうではないみたいだ
・・・と気づき始めています。
既に亡くなって
もう会うことさえない人とのご縁に
感謝を感じるのは、
私の心の中で起こっていること。
大好きな人のために
何かできることはないかと考え、
ちっぽけなことでも行動にするのは
たとえ認めてもらえなくても
気づいてさえもらえなくても
私が勝手にそうしたいと思うこと。
繋がりに心地よさを感じたり
相手に興味を持って
もっと仲良くなりたいと思うのも
言葉に出来ない違和感に
距離を取ろうと決めるのも
ごく感覚的なもので
私の胸の内の問題なのです。
そう考えると
ご縁というのは
自分と自分以外の「何か」の
結びつきなのだけれど、
あくまで自分の心持ちが
それを決めるのかもしれないと感じます。
ギブアンドテイクのような
わかりやすいやり取りで
成立するご縁もあるでしょうけれど、
私が望むご縁は
必ずしもそういうことではなく、
眼には見えないけれど
お互いの波動が響き合うような、
自分の胸の内で感じる繋がりなのです。
眼には見えないからこそ
自分の感覚、感性で繋がり
そのご縁を大切にしたいと思います。
あなたがあなたを超えて
豊かに生きられますように♪






