手放すことで
得られるものがあるとしたら、
どんなものだと思いますか?
こんにちは。
リアルライフコーチ きくま ひろこです♪
いわゆる自己肯定感が
とても低かった頃、
行動しようとする自分を
無意識に引き留める自分がいました。
たとえば
失敗したくないとか
傷つくのがイヤだとか
自分にがっかりしたくないとか
そういう気持ちが心の奥に潜んでいて
行動を止めていたように思うんです。
それはまるで
自分を守るような振りで
自分の希望を否定し、
自由を奪うようなものだったと感じます。
無難に、無難にと
ひたすら無難を選んで生きていた頃です。
思い出すと、
生きながら死んでいたようなものだった
・・・と、自虐的に思います。(笑)
でも、
その時の私なりに必死だったんですよ。
思い出したら笑えるけれど、
あの頃の私にとって
それは大真面目なことでした。
あの頃の私に
「無難なんて手放すべき」なんて言っても
たぶん理解できないはずです。
「失敗を恥じる気持ちなんて手放すべき」
「傷つきたくないなんて手放すべき」
すべて正論ではあるけれど、
きっとその言葉は通じないはずです。
その時の私にとっては
無難であることが
何より大事、何より優先だったわけで
ある意味、仕方がないのです。
無難を手放せないのは仕方ないとして、
その時の私に必要だったのは
それ以外の視点や考え方、
他の可能性に意識を向けてみること。
自己肯定感が低くて、
自分に自信がなくて、
誰より自分のことが信じられなくて
・・・と、
確かにそんなふうに思っていました。
でも、ですね。
我ながら
それは半分ウソだと思うんです。
本当に自分に自信がないなら
自分が
頑なに思い込んでいること、
握りしめている考え方を疑うべきなんです。
むしろ
自分にはない考え方、
ものの見方や捉え方に
意識を向けて、知るべきなんです。
あの頃、
私が手放すべきだったのは
「自分の考えを譲らない在り方」です。
「無難を手放すべき」なんてことより、
自分の考え方、価値観にしがみつく
自分自身の在り方を見つめて
それを手放すべきだったと思います。
私はいまでも
手放すことが得意ではないです。
ただ、
手放すものを
勘違いしないように、とは思うんです。
それは
表面的なところよりも
隠れた部分、見えない部分に
本当に手放す必要のあるものが
潜んでいるように感じるからです。
自分自身の奥深くにある
手放すべきものを手放すことで
自分を解放して自由になれる気がします。
それが出来た時、
私達は本当の意味で
希望を得られると思うのです。
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4月の「未来手帳シェア会」
テーマは【手放す】です。
あなたが手放したいもの、
手放したいけど、ためらってしまうものなど
ぜひお聴かせ頂きたいと思います。
時間に余裕があれば
未来手帳の巻頭ワーク
「やめることリスト」も扱います。
たくさんのご参加をお待ちしております。
あなたがあなたを超えて
豊かに生きられますように♪





