こんにちは。
ひろこです♪
「目に見えないもの」というと
何を思い浮かべますか?
愛とか信頼とか、友情、思いやり
優しさ、尊敬、親しみ、感謝、希望
見えないですよね。
見えないけど、確かにありますよね。
ご縁とか運命、運気。
見えないですよね。
何だか似てる気もするけれど
それぞれ別物で、やっぱり見えないです。
空気とか時間。
見えないですよね。
あることがあたり前過ぎて
見えるとか見えないとか意識しない。
(物理学では「時間はない」とか言われるけど)
まだまだたくさんあるはずです。
私は
目に見えないものへの想いが強いです。
たぶん、ですが。
幼い頃から
いわゆる“信心”みたいなものを
植え付けられたせいではないかと
勝手に自分で思ってます。
信心も見えないですね。
両親もそうですが、
祖父母が信心深い人達でした。
お仏壇や神棚に手を合わせることは
ごくあたり前のことでしたし、
それに疑問はなかったです。
実家の隣が八幡さまで
遊び場が境内だったことも
大いに関係してるかもしれません。
鬼ごっこしたり、縄跳びしたり
夏休みのラジオ体操も境内で。
年に2回のお祭りには
たくさん出店が並びました。
神さまが身近な存在だったというか。
ちょっと・・・意味違う?(笑)
それから
子どもの頃から本が好きで、
本さえ読んでたら満足なコでした。
特に物語、小説が好きだったので
「目に見えないものこそ大切である」
という考えや想いを
自分なりに拾う機会が多かったかも。
20代から30代にかけて
クソ生意気だった頃でも
目に見えないものへの
畏怖の念みたいなものは
失わなかったように思います。
いや、失い切れなかった
・・・とでも言うのが正しいか。
見えないというのと少し違うけど
ご先祖さまの存在も
私にとっては同じように感じています。
確かにいた人達。
そのおかげで私は存在している。
なのに
私は父方の曽祖父と曾祖母、
母方の曽祖父の顔しかわからない。
しかも、古ぼけた写真でしか。
何十倍(何百倍?)もの人達の
存在のおかげで私がいるのに。
見えないもののすべては
計り知れないものだとも思います。
愛とか信頼とか、友情、思いやり
優しさ、尊敬、親しみ、感謝、希望
と、最初に書きましたが
反対に悪意とか不信、絶望、疑いなども
当然、目に見えないものです。
いずれにしても
計り知れないもので、
その計り知れない数々のものが
私を支えていると感じることがあります。
つまり
ポジティブなものだけでなく
ネガティブなものも含めて、です。
そして
そういうものを分かち合える
私と関わってくださるすべての方とは
いわゆる波動で繋がっているはずで、
それもやはり目には見えないものです。
見えないけれども
そこには間違いなく繋がりがあります。
私を支えてくれるものとして
先日、こんな記事を書きました。
人は見えるけれども
憧れの気持ちは
やはり見えないものかもしれません。
愛情とか信頼とか希望とか
言う相手を間違えたら
クサい・ダサいと言われそうなもの
ご縁とか運命とか、あるいは運気とか
人によってはまったく信じないもの
信心とかご先祖さま、空気や時間
そういうものが
私にもたらしてくれるのは
がんばるための意識、チカラです。
目に見えないものがあるから
がんばれるんだけれど、
がんばるだけがんばったら
目に見えないものが応えてくれる。
・・・え?・・・・・何が!?
って思うかもしれませんが
他に表現の仕方もなくて。(笑)
敢えて言うなら
ご褒美のような出逢いがあったり
思いがけないご縁で繋がったり
予想以上の結果を出せたり
・・・ということでしょうか。
それは、違う言い方をすれば
計り知れない運命がもたらされる時
・・・とも言えるわけです。
だから、ということではないですが
祈りを忘れないようにしています。
祈りも目には見えませんが
祈ることも、私のひとつの支えです。
祈りのチカラも
計り知れないように感じています。
あなたの人生が
豊かに面白くなるよう祈ります♪




