こんにちは。
ひろこです♪
子どもの頃、
私は初孫ということもあって
親や祖父母、親族や近所の人にまで
めちゃめちゃ可愛がってもらいました。
そいういう意味で自己肯定感は
低くないはずなんですが、
でも一方で
自分を「大きく見積もる」ようなことは
してはいけないとも思ってました。
「私なんて、たいした存在ではない」
それは
私が私の周囲の人達にとって
可愛くて愛おしい存在だとしても
それはそれ、ということ。
自分を特別だなんて思ってはいけない。
そういう勘違いは
身を滅ぼしかねない・・・と。
でも、まぁ、だからと言って
言葉でそう伝えられたというより
いわゆる「背中を見て」
私が勝手にそう判断したわけですね。
正直言って
たいした人間ではないです。(笑)
やっぱり心のどこかで
「この程度」「こんなもんかな」と
思ってるところはあります。
「この程度」がどの程度で
「こんなもん」がどんなもんなんのか
自分でもよくわかってないけど。(笑)
一応、念のためですが、
私自身は「この程度の私」を
決して軽く見てはいないし
軽く扱ったりはしていません。
それは
若気の至りも含めて、
いくつかの経験を通して
そう出来るようになったわけですが。
若気の至り・・・と言うなら
タイムマシンで昔に戻って
20代から30代にかけての
クソ生意気だった自分を
叱りつけたいくらいです。
あの頃の私は
自分を「たいしたもの」だと
思っていたわけではないけれど、
(たぶん、ないと思うけど)
出来るようになったことに
実力以上の自信を持っていたかもです。
自信を持つことは決して悪くなくて
いや、むしろイイコトで。
でも。
自信を持つことは
自分を過大評価することとは違います。
いま自信を失いかけて
気持ちが弱くなっていたりするなら
自信を取り戻すことは大事です。
最優先すべきことかもしれません。
でも。
やみくもに「ない」ものを
無理やり「ある」と信じ込んだり
自分に言い聞かせることで
本当の自信を得ることは出来ないです。
それから、魔法みたいに
ぱっと現れるものでもないですよね。
自分を大切にすること。
自分を認めて受け入れること。
言葉で言うのは簡単だけど、
自信を失いかけている時は
とても難しいことです。
では、どうしたらいいかと言えば、
自分の段階に合わせて
ステップアップしながら
手に入れられるものだと思うんですよ。
何が出来ても出来なくても
おっちょこちょいでヘタレでも
(あ、はい、私のことです/笑)
それも全部ひっくるめて大切な自分。
「○○が出来るから」という自信は
実は危ういものです。
何かの拍子に
出来ていたことが出来なくなったら
そこにあったはずの自信も
なくなってしまうわけですよね?
そして
「かつて○○出来ていた私」に
すがろうとしちゃったら
自信どころか一気に自己嫌悪です。
何が出来ても出来なくても
自分の存在を認められる自信が
本当はイチバン強いです。
条件なんてない自信、です。
それはちょうど、幸せと同じです。
「○○だから幸せ」
「△△があるから幸せ」
目の前にある幸せに目を向けて
そう思えることって素晴らしいけれど
「○○はないけど」
「△△ではないけれど」
「それでも私は幸せだ」と言えることが
イチバン強いです。
条件なんてない幸せ、です。
それこそが最強。
言うまでもなく
ひとりひとりがかけがえのない
愛すべき、愛されるべき存在です。
何があってもなくても
それはまったく変わらなくて、
条件なんてない大切な存在。
たとえあなたが
「自分はこの程度」と
思っていたとしても、です。
無条件の自信も、最強の幸せも
既にあなたの中にあるものだから。
あなたの運命が
あなたらしく動くことを祈っています♪


