創価学会は「大阪事件」を法難と意義付けしていた!! | 日蓮正宗 法華講員 HIROのブログ

日蓮正宗 法華講員 HIROのブログ

元創価学会員でしたが日蓮正宗に帰依して生活のドン底から這い上がることができ、幸せをつかみました。日蓮正宗の信心の事などを書いていきます。

1957年昭和32年7月4日
  参院選補選選挙違反 -大阪事件-
小泉理事長、池田大作らの在京幹部が大阪で行われる参院補選の選挙運動において指揮を執り、それによって多数の学会員が選挙違反で逮捕され有罪となる。

池田大作も逮捕され「戸田先生へ責任が及ばないため」として全面自供。のちの裁判では無罪となる。
この事件を学会は反省せず"法難"と称する。

この事件では20人の有罪者が出る。罰金1万円から3000円、その内10人は公民権を三年間停止、7人には同二年の停止という判決が下る。
創価学会幹部四十五人起訴 ・大阪発・大阪地検は、
去る四月行われた参議院大阪地方区補欠選挙での創価学会幹部らの公選法違反事件について、
二十九日、同学会本部理事長、東京都議小泉隆ら四十五人を買収で(うち二人は略式起訴)、
同渉外部長池田大作ら三人を戸別訪問で、それぞれ起訴した。
起訴状によると、この選挙で、小泉理事長は主として"実弾作戦"を、池田渉外部長は戸別訪問をそれぞれ担当、
現地で指揮に当たり、大阪、船場、松島、梅田、堺の五支部に『選挙係』を設け、府下六万信者のほとんどを戸別訪問に動員したもの。
投票数日前には"タバコ戦術"として職安十数カ所で、日雇労務者に候補者名を書いたピースなど約四千個をバラまいたという
(『朝日新聞』昭和三十二年七月二十九日夕刊)

 

1957年昭和32年7月17日
    池田大作 大阪拘置所を出所

 大阪大会に出席 【大阪事件に叫ぶ】
皆さまたいへんしばらくでございました。
また、場外にもたくさんの同志がいらしているそうですが、
場内の皆さま、場外の同志の皆さま、しばらくでございました。
このたびは、たいへん長いあいだ御心配をおかけしましたが、本日正午に大御本尊様の加護を受けながら、
元気いっぱいでこのように出所してまいりました。ありがとうございました。
すべてのことはぜんぶ、大御本尊様が見通しであると、私は信ずるものであります。
会長先生は、三類の強敵のなかにも僣聖増上慢があらわれてきた、
このように申されており起ますが『大悪をこれば大善きたる」
(大悪大善御書1300ページ)との日蓮大聖人様の御金言のごとく、私もさらに、より以上の祈りきった信心で、皆さまとともに広宣流布に邁進すると決心するしだいであります。
最後は、信心しきったものが、大御本尊様を受持しきったものが、
また、正しい仏法が必ず勝つという信念でやろうではありませんか。 
どうか会長先生のまことの弟子として、おたがいに、より以上の信心を磨いて、絶対的幸福をつかむためにも、大聖人様の御金言である、御予言である広宣流布成就のためにも、 一生懸命にさらに励んでいきたいことを誓い合って、あいさつにかえます。
(当時、参謀室長 会長講演集第三巻)

裁判において無実となり、これを後年、
法難として意義付けしたものである。
戸田会長は大阪事件を法難と明言せず
 大阪事件の当時は戸田会長が存命中であり、東京から見守っていた。
 であるから、この事件については、「戸田城聖全集第4巻」において答えている。
しかし、
戸田会長は、現在の学会のようにそれを“法難”と意義付けはしていない
片や、戸田自身の投獄については、“法難”と明言している。
では、いつのころから、大阪事件を法難と呼ぶようになったのか。

◎戸田自身の逮捕→ 法難と明言
◎池田大作の逮捕→ 法難と明言せず

はいはい!戸田城聖の本性が垣間見えますね。
戸田自身の逮捕は、法難と明言!!素晴らしく心根が腐っていますね。

二代会長もこんなんだから、三代目会長の池田大作もかなりの性格がひねくれてますね
池田会長時代に大阪事件は神格化に利用
 池田会長の時代になり、池田大作個人の法難としての「大阪事件」は意義付けに塗り替えられた。

法難とは、仏教に対する弾圧事件のことであり、創価学会がやったのは、選挙違反で逮捕されただけで法難ではない。
全く反省なしで、大阪大会であんなことが言えたものだと呆れて開いた口が塞がりません。


 

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 創価学会 批判・告発へ
にほんブログ村
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 仏教へ
にほんブログ村

宗教ランキング