01 無駄な努力はない | 布施院らいふ

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思い付きを短時間でポンポンあげているので、誤字脱字や脱単語が多いです、行間予想して読んでね。

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とあるレストラン事業家オーナーからいただいた評語日めくり。
1日の言葉は「無駄な努力はない」

なにかしらの目的のために努力したものが、
望む結果に結びつかなくても
その努力した経験と、そのときに得た知識が
まったく別の場面で活きてくる。 という意味合いだ。

それは確かにそうだと思う。
若いうちはわからないかもしれないが、半世紀も生きていると、
あの時努力したものは、当時まったく評価されなかったのに、
そのお陰で今になって活きてくるものだった、
……と、気付いた今は、その時から30年以上も経ってからだ。

しかし、その時必要だと思ったことに努力して、
間に合わなかったのは確かであって、
その時はもっと別の努力をすればなんとかなったものだったりする。

その時にその失敗に気付いたからこそ、「無駄だった!」 と短絡的に思ったに過ぎない。
しかし、将来活きてくる……は、結果論。

そうしていくつも失敗したり、見当違いの努力をしたりして、
目先の課題を克服できず、さんざん悔しい思いをした。

でも、悔しがることはいいことだ。その悔しさがバネになる。
開き直って不貞腐れるのは、本当にその間に合わなかった努力を無駄にしてしまう。
冷静に考えたら、悔しがっているヒマなんてなかったんだろう。

しかし、さんざん親や周囲にバカにされ、からかわれ、
悔しくて表向き反発した裏で、一人になったときに「ボクってバカだ」と、
呪文のように自分をバカだバカだと思い込んで、
「バカだから仕方ないもーん(笑)」と、開き直って傷を癒したバカものだ。
それは積極的に自分で自分をバカだと暗示かけていたようなものだ。
しかしそれでも、長く生きて振り返ってみると、あんなバカだと思った人生が
なんだか最良の選択だったと思えてくるから不思議だ。

無駄な努力はない……のではなく、
後悔せず日々をなんとなく生きてきただけでも、
「無駄な努力ではなかった」 と、思えるならば、
明るく前向きに日々を愉しく生きていれば、
もっと早い段階で 「無駄でなかった」と、気付けたかもしれない。

やがて、すべてが無駄な努力ではなくなる。