内戦続く中東諸国やら諸外国の都市が瓦礫や砂ホコリにまみれているのを見て、画面に映る都市像に違和感を覚えたのが、私たちが暮らす都市との「土」の量だった。
あちらは周囲に砂漠が多いからなんだろう……なんて軽く考えていたところが多分にある。
……が、先日名古屋駅前を通ったときに、ハッと気付いた。
古いビルの取り壊し現場にある瓦礫と土の量がいかに多いことか。
名古屋駅前ピンポイント爆撃か? って程の分量だ。
これから掘削して地下階を作るところに瓦礫や砂を運び込む筈がない。
恒常的に取り壊された瓦礫などは、バンバン搬出されているにもかかわらず、こんなにある砂瓦礫……それらはどこから来たか。
来てない。
もともとそこにあったものだ。
9.11のニューヨークもまるで砂と瓦礫とホコリだらけで、整然とした都市が一気に中東諸国の内戦都市みたいに荒れてしまった映像を思い出した。
アスファルトとコンクリートで塗り固められた近代都市だらけの日本も例外になく、災害や戦争などがあれば、ままたく間に壊れ、砂埃と瓦礫と土だらけになってしまうのは疑いない。
たった一つのビルがなくなっただけでこの分量だ。
日本のように狭い土地に集中して都市化したら、あっという間に砂漠の中だ。
高層化著しい地域は、上に上にと瓦礫や土の原料が整然と積み上がっているに過ぎない。
都市とはなんと脆弱なものか。
瓦礫まるけの痩せた土地には作物も育たない。
人口密集地ほど土砂をいちいち退けて、街を再建するよりは、放棄して食料や水が確保できるところに移り棲んだ方が早いだろう。
都市ほど砂漠になりやすいところはない。
経済主導の都市化社会は、一時煌びやかに輝く幻に操られて、私たちは愚かにもせっせと砂漠を作っているに過ぎない。
太古の遺跡がなぜ、砂漠地帯やジャングルに覆われているところに多くあり、遺棄されたのか。
そこで再建するより他の地域に移り住み再建した方が早いからではなかったのか。
交通の要衝で近隣周囲に豊かな資源があった遺跡の上に新しい都市が再建できたのは、水運が盛んで地形的にローマやギリシャくらい稀有な立地だからではなかったか。
世界中で都市が一瞬にして機能しなくなったとき、自分はどこに行きたいと思うか。
電気もない、ガスも石油もない、食料も流通しないどこか別の都市を目指すことはしないだろう。
近所でまた田を埋めて住宅地が作られ、畑を潰し工場や店や新しい道路が作られた。
そんな未来の遺跡をつくることより、遺跡に残らない土地で生きる人々が未来に繋ぐ文化を残してくれるような気がする。
一次産業こそ文化の要だ。
