最高裁で重要な判決が出た。認知症の男性がJRの線路内に入ってしまい、人身事故により死亡したが、列車の運行に支障をきたしたJRが、男性と同居していた妻と、別居していた長男に対し、「認知症の男性の監督義務を怠った」として、損害賠償請求訴訟を起こした裁判について、同居していた妻に対する損害賠償請求を認めた名古屋高裁の判決を破棄して、JRの請求を棄却したものである。

 名古屋高裁は、①民法752条が定める夫婦の協力扶助義務を根拠として、特段の事情がない限り、配偶者は認知症になった一方配偶者の監督義務(民法714条)を負う、②今回の事案では、妻は監督義務を怠った、として、JRの妻に対する損害賠償請求を認めた。

 それに対し、最高裁は、①夫婦の協力扶助義務を根拠として、ただちに民法714条の監督義務者とされるのではなく、監督義務者にあたるかどうかは、対象者との関わりなどの事情を総合考慮して決めるべき、②妻、長男とも民法714条の監督義務者にはあたらない、とした。

 しかし、5名の裁判官のうち、2名の裁判官は、別居していた長男は、介護等の関わりの実情から監督義務者にあたる(ただし、監督義務は怠っていないので「損害賠償請求は認められない」という結論は同じ。)、と判断している。この判決に対しては、どのような場合に監督義務を負うのか不明確である、一生懸命に介護などに関われば関わるほど、監督義務者として認められやすくなってしまう、などの批判もされている。

 私の個人的な意見とすれば、文明が発達した社会、個人の人権が尊重される社会になるにしたがって、社会生活上生じる事件、事故による損害も大きくなるので、事件、事故の損害賠償を当事者個人やその親族に負担させる法制度が限界に来ているのだから、交通事故の損害が、加害者個人ではなく、保険制度によって行われているように、可能な限り、あらゆる損害に対して保険制度や国家賠償の制度が普及すべきだと思っている。
 今日は、大阪保護観察所、大阪府就労支援事業者機構主催の「協力雇用主セミナー」に就労支援研究会の有志の弁護士たちと一緒に参加した。昨年度に続き、二回目の参加。

 昨年度は、雇用した少年の私生活上の法的トラブル、というかなりマニアックなテーマについて弁護士たちによる寸劇、解説を行った。今年は、もう少し一般的な雇用問題で生じる法的トラブルについて、寸劇、解説をすることにした。

 寸劇、解説の準備は昨年度の方が入念にできていた。というより、今年は準備が遅れすぎて、人に見せられるものができるのか不安だらけだった。準備担当者の私の作業の遅れを、叱咤激励しながらリカバリーしてくれた後輩の弁護士たちには、本当に感謝している。

 実際に雇用問題の法的トラブルについての寸劇、解説をしてみると、協力雇用主さんから、想像以上にたくさんの質問を頂いたことは嬉しかった。最後に少しだけ、非行少年の問題に長いスパンで取り組んでいる弁護士たちの思いを話させてもらった。

 懇親会では、私がいたテーブルだけでなく、他の弁護士のテーブルでも、協力雇用主さんから、地域の集まりに参加してほしい、就労先のない少年がいたら雇うから相談してほしい、就労支援研究会に参加したいという熱いオファーを頂いた。昨年度の寸劇、解説を覚えておられた協力雇用主さんも多くいた。やっぱり続けることは大事だ、と改めて思った。

 大阪府就労支援事業者機構の事務局長と初めてお会いしてから2年半。もっと私に能力があれば、もっといろんな非行少年への支援、協力雇用主、保護観察所との連携ができていたかもしれない、と心が折れそうになることもある。でも、これからも、元法務教官というアイデンティティーを大事にしながら、背伸びしないで自分に出来ることをコツコツやっていきたい。私の周りには、志を同じくする人たちがたくさんいる。
 正月明けにとある男性が刑務所から満期出所してきて、生活保護申請などのサポートをしたのだけど、その男性から金曜日の夜に緊急の相談があった。

 刑務所で同室だった人と接触してしまい、自宅を事実上占拠され、生活保護費の一部を取られるなどしているとのこと。自宅を出て遠方に避難している男性を土日に呼び出し、詳しく事情を聞いて対策を練る。週明けから、住居の賃貸人、生活保護のワーカー、警察への被害届提出など、動き回る必要がありそうだ。

 もっと早く相談しろよ、というのが正直な気持ちだけど、このまま相談されなかったら、と考えると、相談してくれただけでもよかったし、彼になんとか更生したいという気持ちが残っていることが確認できたことは、一歩前進か。何度も少年院、刑務所に入り、裏社会の人間の手口はよくわかっているはずなのに、簡単に取り込まれてしまう。満期出所した身寄りのない元受刑者が更生していくことが如何に難しいのか、身をもって実感している。
 いつも交流集会の1日目は、二次会、三次会と夜更かしして、2日目はフラフラになっていることが多いけれど、今年は、思いの外早く解散したので、それなりに睡眠を取ることができた。

 2日目は、少年の逆送裁判員裁判に関する分科会に参加した。その分科会で報告されたケースは、私が昨年、松山地方裁判所で証人として出廷した事件である。分科会の最後にコメントを求められ、少年院・少年刑務所の処遇を短時間の尋問で裁判官・裁判員に理解してもらうことの難しさを話した。

 午前で交流集会は終了したのだけど、午後から行われた少年法適用年齢引き下げ問題の勉強会にも参加。仕事以外の勉強会でも残業である。

※ なお、「逆送」とは、少年が家裁の審判ではなく、成人と同様の裁判を受けるために検察官送致になること。少年事件は「全件送致主義」といって、必ず検察官→家裁に送致されるから、その後家裁→検察官に送致されることを「逆方向に送致される」という意味で、業界では「逆送」と言っている。

 仙台の秋保温泉のホテルを出発し、昼前に郡山入り。郡山駅で昼ご飯を食べながら、大阪弁護士会で担当する分科会の打ち合わせをする。その後、会場の郡山市民文化センターに移動する。

 全体会では、東京を中心に家出少女の支援を行っている仁藤夢乃さんの基調講演があった。少女を支援するときに弁護士や公的機関がやってしまいがちな不適切な接し方など、参考になる話が多かった。特に、「支援する側が、少女たちを搾取する性産業の人たちに比べてスカウトする能力が劣っている」という話は、なるほど、と思った。

 その後の分科会のセッションでは、大阪弁護士会で「審判後の少年の支援」という分科会を担当した。大阪弁護士会の子どもの権利委員会では若手の弁護士を中心に、家庭裁判所での審判の付添人活動だけで終わるのではなく、その後の少年の立ち直り支援にも積極的に関わる活動をしている。

 その活動として、少年院での法律講話、少年院からの帰住環境調整、宗教家などの社会資源・就労支援事業者機構との連携について報告したあと、パネルディスカッションをした。フロアからの質問もあり、盛り上がってくれたのは良かったと思う。

 分科会の責任者として準備していたので、とりあえず無事に終わってホッとしている。自分たちが取り組んでいる「審判後の少年の支援」は、まだまだ十分な成果を挙げているとは言えず、道半ばの活動が多い。このような報告の機会があるか否かにかかわらず、これからも地道に取り組んでいきたい。