今日は、高校の同級生2人と焼肉を食べに行った。一人は、高校時代にはそれほど付き合いがなかったけれど、最近Facebookを通じて連絡を取るようになった人。もう一人は、小、中、高と同じ学校だったけど、卒業してから一度も連絡を取ってなかった幼馴染だ。
幼馴染はちっとも雰囲気が変わってなかった。幼馴染からも「変わってないなぁ」と言われた。会わなかった期間は、人生の半分以上の期間になるけれど、人間は簡単には変わらないなぁ。
今日は、高校の同級生2人と焼肉を食べに行った。一人は、高校時代にはそれほど付き合いがなかったけれど、最近Facebookを通じて連絡を取るようになった人。もう一人は、小、中、高と同じ学校だったけど、卒業してから一度も連絡を取ってなかった幼馴染だ。
幼馴染はちっとも雰囲気が変わってなかった。幼馴染からも「変わってないなぁ」と言われた。会わなかった期間は、人生の半分以上の期間になるけれど、人間は簡単には変わらないなぁ。
私は、普段一人で酒を飲みに行くことはない。そんな私が、仕事帰りにある居酒屋に一人で飲みに行った。その居酒屋では、私が付添人をして、試験観察→保護観察となった少年が働いている。昨日、その少年から、「保護観察が終わった。」との電話があったので、そのお祝いを兼ねてアポなしで飲みに行った。
彼は私の訪問に驚いた様子だった。その居酒屋は繁盛している様子で、彼も忙しく働いていたので、そんなに話をすることはなかったけれど、彼の居酒屋らしい威勢のいい掛け声を聞きながら、彼の焼いた焼き鳥を食べ、酒を飲む。そんな幸せな時間がたまにはあってもいいのではないか。
会計時に彼がポイントカードをくれた。ということは、常連客になれということだな。まぁ、たまには飲みに行ってやるか。
今年の1月に同期の弁護士たちと「いぶすき菜の花マラソン」を走ったけど、今年2回目のフルマラソンとして大阪マラソンを走った。いぶすきが12年ぶりのフルマラソンだったように、しばらくマラソンから離れていたので、まさかこの歳になってから年に2回もフルマラソンを走ることになるとは想像もしていなかった。
いぶすきは制限時間が8時間だったのに対し、大阪マラソンは7時間。いぶすきのグロスタイム(ピストルが鳴ってからゴールするまでのタイム)が7時間13分ぐらいだったので、少なくとも14分ぐらいは速く走らないと完走することができない。しかも、大阪マラソンは参加者が3万名近くなのでスタートラインを越えるまでのロスタイムもいぶすきよりも長いだろう。正直、完走できるかどうか五分五分ぐらいの自信だった。
当日の天気は快晴。後半歩いても身体が冷えてしまう心配はなさそう。9時にスタートし、心配していたロスタイムも18分近くで済んだ。ネットタイムでいぶすきよりも20分ぐらい速く走れば完走できる計算になる。
いぶすきでは、スタートから30キロまでは、キロ9分~10分のペースを守り、30キロからは、キロ11分~12分のペースで歩きとおした。さて、どこで20分を稼ぐか?最後まで走りとおせる自信はなく、一方で脚さえ攣らなければキロ11分ぐらいで歩ける自信はあったので、前半にタイムを稼ぐ作戦に出た。
スタートから15キロまでは、ほぼキロ8分ペースで予定どおり走れたが、15キロからペースが落ち、20キロまではキロ9分のペースになった。この時点でいぶすきよりもグロスタイムで16分ぐらい速かったので、ここからいぶすきと同じペースで走れれば完走できることになる。
しかし、20キロを過ぎるとほとんど走れなくなってしまい、キロ10分を超えるペースになってしまった。いぶすきでは走れなくなったのは30キロからなので、このままではマズイ。残りタイムから、キロ10分半ぐらいで歩ければゴール出来る計算だったので、ひらすらキロ10分30秒を目標に歩いていく。少しでも走って貯金を作りたい誘惑に駆られたが、脚を痙攣させて止まってしまったら意味がないので、ひたすら完走できるギリギリのタイムを計算し歩く。といってもキロ10分30秒のペースは時速6キロ近くであり、歩くペースとしてはかなり速い。少しでも気を抜くとあっという間にペースが落ちてしまう。
ひたすら歩きだして4時間近く。何とか制限時間2分前にゴールすることができた。ゴールしたらホッとしたのか全然歩けなくなってしまい、ゴール会場であるインテックス大阪を出発できたのは、ゴールしてから2時間近く経ってから。いぶすきの時は完走した後のダメージはそれほどでもなかったから、ネットタイムが20分近く速くなったといっても、これが今の私の限界なんだろうと思う。
結局、何とか完走できて良かったのだけど、とてもマラソンを楽しむ余裕はなかった。「楽しみたかったらもっと練習しろ」ということなのだろう。また、フルマラソンを走るかどうか分からないけれど、もし走るなら、もっと練習しておきたい。
今日は、学部時代のゼミ会に参加するため、母校である龍谷大学に行ってきた。私は新司法試験の受験資格を得るために、いわゆるロースクール(大阪市立大学)に入学、卒業しているので、「母校」と言える大学は2つあることになる。
実際のところ、龍谷大学と大阪市立大学を比較すると、偏差値などの世間的な評価は、大阪市立大学のほうが高いと思う。なので、「大学はどちらですか」と聞かれた場合には、大阪市立大学と答えることが多かった。しかし、自分の人生に大きな影響を与えたのはどちらか、と聞かれれば、龍谷大学ということになる。
あまり他人を尊敬したり、感謝しない私だけど、ゼミの教授には本当に感謝している。もう、83歳になられているが、毎年のゼミ会でお元気な姿を拝見すると、なんだかホッとする。これからもなるべく長く教授の参加されるゼミ会が開かれますように。
先月に大阪府就労支援事業者機構、大阪保護観察所が実施した「協力雇用主セミナー」に参加し、協力雇用主の皆さんに対し、雇用した従業員に関する民事法上のトラブルについて、初回は無料で相談を受けます、という話をしてきた。その相談の連絡先は私の事務所である。
先日、初めての相談依頼の連絡があり、今朝、相談を依頼した協力雇用主が私の事務所に来て相談を行った。第一号の相談ということで、私が担当することになった。正直言って金額的には大きな事案ではない。しかし、犯罪・非行を犯した人を雇用することで更生を助けてくれている協力雇用主の方とは志が同じ仲間だと思っている。少しでもそうした方々の助けになれるように頑張っていきたい。