世を抱く子どもたち

 今日は、午後からソウル近郊の富川(プチョン)市にある「世を抱く子どもたち」(세상을 붐은 아이들)を見学する。その前にゲストハウス近くにある中華料理屋でジャージャー麺を食べて腹ごしらえした。

 自動車に乗り、1時間ほどで「世を抱く子どもたち」に到着する。施設を運営するミョン・ソンジン(명성진)さんは、軍事政権時代に学生運動で逮捕され、刑務所で生活した経験がある。現在は政治運動を行っておらず、キリスト教の牧師として、「世を抱く子どもたち」で常時15名程度の少年を生活させ、通所でも15名程度の少年の面倒を見ている。

 現在では、富川地方の少年事件を審理する裁判所から少年を委託されること(日本でいう補導委託試験観察と保護観察の両方)も増えているとのこと。ミョン・ソンジンさんのお話で印象的だったのは、少年は正しい話を聞きたいのではなく信頼できる人の話を聞きたいということ、高度な教育プログラムよりも一緒にご飯を食べ一緒に眠る家族のような人間関係が大事であるということ。

 日本では、今年の6月に少年院法が改正され、おそらく、少年院の処遇は、法務教官と少年の人間的なかかわりよりも、高度な教育プログラムを重視する方向に変わっていく。日本の少年院とはまったく逆の理念で運営されている「世を抱く子どもたち」が本当に羨ましかった。

 夜は、韓国が初めてな本隊のメンバーを明洞へ案内。実弾射撃をしてもらっている間に私は4年前にメガネを買った店に行ってレンズを交換。その店は日本語のできる店員がいるのだけど、韓国語で話しかけたら最後まで韓国語でしか話ししてくれなかった。まぁ、それだけ韓国語が上達しているのだろう。

ソマン矯導所

 今日のメインであるソマン矯導所(소망교도소)の見学は午後3時から。見学の本隊は、今日の昼前に仁川空港に到着するので、そこで合流するのが一番安全なのだが、時間を有効に使いたかったので、現地合流することにして、それまでは観光することにした。

 まず、東ソウルバスターミナルから利川(イチョン)に移動。利川付近は、陶磁器が有名とのことなので、陶磁器のお店が集まっている商店街みたいなところに行き、マグカップを2つ買った。その後、利川の隣の市である驪州(ヨジュ)に移動。驪州では有名らしい神勒寺をブラブラ観光した。月曜日ということもあって、お寺の周りの飲食店はほとんど閉まっており、仕方なくイートスペースのあるコンビニでパンとコーヒーを買って食べながら、パソコンのメールチェックをする。

 ここからソマン矯導所へは、タクシーで行く必要があるのだけど、神勒寺の駐車場は閑散としていてタクシーが来る気配はない。コンビニの店員に相談したところ、タクシーを呼んでくれるとのこと。予想よりも早く来てくれたタクシーに乗ってソマン矯導所を目指す。

 ソマン矯導所には、予定よりも早く、午後2時15分ごろに到着。受付で「午後3時から見学を予約している日本人です。他の人は後で来ます。」と伝えると、待合室みたいなところに通された。それだけでなく、施設の法律専門官(韓国のロースクールを卒業した法曹資格のある方)が私の対応をしてくれて、通訳なしで30分ぐらい話をした。だいたい会話は成り立っていたので、韓国語の自信にはなった。

 午後3時ちょうどに本隊が到着して見学を開始。私たちは通訳の方を含めても総勢6名という少人数にもかかわらず、副所長の挨拶、日本語のスライドなど、とても丁寧な対応をしてくれた。保安業務も含めて完全に民営化されているソマン矯導所は、教育プログラムに地域のボランティアを多く取り入れて、外部との交流がとても盛んなためか、とても雰囲気が明るく、寮の中を受刑者が比較的自由に動いていた。受刑者が廊下を行き交う中見学をするのは不思議な気分だった。

 午後5時に見学は終了したけれど、その後も、最初に対応してくれた法律専門官が30分ぐらい、私たちの質問に付き合ってくれた。受刑者に対する処遇、外部との交流については、日本の刑務所に比べてとても進んでいるとの印象を受けた見学だった。

 夜はソウルに戻り、本隊のみんなと泊まるゲストハウスの近くでサムギョプサルを食べる。韓国では、一人で外食する文化があまりないので、今回のように一人じゃなければ食事で苦労しなくてよいので助かる。

DMZトレイン

 今回の韓国行きで、1日中自由に使える日は今日だけなので、本当はソウル近郊の山に登山しようと思っていたのだけど、今週はずっと風邪気味で体調が悪いこと、施設見学の服装など普段の韓国旅行に比べると荷物が重くなること、今日の天気が良くない予報だったことなどの理由で、日本を出発する前に登山は諦めた。

 その代わりに最近新しく運行が始まった「DMZトレイン」に乗って朝鮮戦争の激戦地などの観光をすることにした。「DMZトレイン」は、京義線の終点「都羅山」まで行くものと、京元線の終点「白馬高地」へ行くものの2種類ある。今回乗ったのは、京元線の白馬高地行き。この周辺は朝鮮戦争後半の激戦地である。

 「DMZトレイン」は古い車両の内装を改造した3両編成で、終点の白馬高地駅までは2時間少しの列車旅行。列車には客室乗務員っぽい女性が3名同乗していろいろ説明してくれる。説明はもちろん韓国語だけ。そもそも外国人がこの列車に乗ることが想定されていない感じだった。

 終点の白馬高地駅に着くと、駅からバスに乗ってあちこち回る「安保観光」ツアーがあるので、それに申し込む。まず昼食をとって(豚バラの焼肉が美味しかった)、その後、白馬高地激戦地、労働党庁舎(朝鮮戦争前は北朝鮮の統治区域だった)、韓国軍の「白骨部隊」などを回る。バスガイドさんももちろん韓国語だけの説明なので、半分も内容は分からなかったけれど、バスの出発時間だけは間違えないように行動した。

 合計4時間の安保観光が終了し、白馬高地駅に戻り、行きと同じ「DMZトレイン」に乗ってソウルに戻る。教保文庫で昨年大阪に講演に来られたチョン・ジョンホ判事の新しい本を買って、明日以降の施設見学に備える。

水原華城

 今日から8日まで6度目の韓国訪問。当初、全く予定していなかったのだけど、少年事件でお世話になっている牧師さんが、ソウル近郊に刑務所などの視察に行くので、他に視察の候補地を知らないか、という問い合わせがあったことから、トントン拍子に話が進み、私も視察に同行することになった。視察本体は、6日昼から8日朝まで韓国に滞在し、6日午後、7日と視察する予定だが、折角韓国に来るので、私は前後の日程を延ばし、単独行動することにしたものである。

 仁川空港からソウル駅に着き、翌日の列車の切符を買ったあと、荷物を預けようとコインロッカーを探すが、全部埋まっている。仕方なく水原(スウォン)駅まで移動してそこでコインロッカーを探すが、ここでも全部埋まっている。途方に暮れていると偶然に一つだけ空いたので、急いで荷物を押し込んだ

 水原といえば、水原華城。正直言うと、朝鮮半島の古代、中世の遺跡にはあまり関心はないのだけど、まぁ、一度ぐらいは見てみるか、という感じで言った。時間と体力に余裕があれば、城壁を一周すればいのだけれど、時間もなかったし、体調が悪かったので体力もなかった。結局八達門から西将台まで往復しただけで降りてきた。

 帰りも行きと同じようにセマウルに乗りたかったのだけど、土曜日の夕方ということもあってか、セマウルだけでなく、それ以外の特急列車もすべて満席(韓国の特急列車は基本的に全席指定席)。仕方ないので、地下鉄1号線で倍ぐらいの時間をかけて戻ってきた。

 夜は若者の街、弘大(ホンデ)で現地在住の韓国人2人と合流し、ポッサムを食べた。1人は日本語が全然話せないので、頑張って韓国語で話したが、どのぐらい通じただろうか。

MacBook Air 11.6インチ

 初めてアップル製品を手に入れたのは、今から11年前の2004年。グリコのガム「キスミント」の景品応募で、iPod miniが当たった時だった。iPod miniとそのソフトであるiTunesは、当時MDウォークマンで音楽を聴いていた私にとって画期的で、音楽の聴き方が完全に変わってしまった。

 その後、iPod nano、iPod shuffle、と音楽プレイヤーを購入し、2010年には、10年間使っていたauからsoftbankに乗り換えてiPhone4を使うようになった(当時はsoftbankしかiPhoneを取り扱ってなかった)。2年前にはiPhone5に機種変更すると同時に、iPad miniを購入し、家にあった文庫本をPDF化して、iPad miniで読書するようになった。

 そしてついにMacBook Air(11.6インチ)を買ってしまい、ノートパソコンまでアップル製品になった。仕事上ノートパソコンでofficeを使うことは絶対に必要なので、Mac用のofficeの互換性を確認しながら、恐る恐る使う形になると思うけれど(そのため今使っているLet’s noteもしばらく残す予定)、iPhoneやiPad miniでアップルのOSに慣れた今なら、以前よりも簡単に使いこなせるようになると思う。まずはMac用のofficeをダウンロードしていろいろ試してみたい。

 ちなみにインターネットのApple Storeで購入したので、キーボードの言語を韓国語にカスタマイズしてもらった。今までパソコンにハングルのシールを貼って対応してきたけれど、これで違和感なくハングル入力ができるようになる。