3週間前に続き、再び松山地裁での証人尋問に出廷した。3週間前の事件とは違う被告人の事件だけれど、共犯関係の被告人の事件であり、裁判官も裁判長と左陪席(3名の中で一番若手)は同じ、検察官も1名は同じ、検察側証人(奈良少年刑務所の現役職員)、弁護側証人(私)も同じ、という全然別の事件の感じがしない裁判である。

 3週間前の裁判では、検察側証人である奈良少年刑務所の現役職員が写真をふんだんに取り入れたパワーポイントを作成し、わかりやすく説明したことに衝撃を受け、弁護人と協議したうえ、私もパワーポイントを作成した。写真はなく文字だけのシンプルなものだけど。

 自分でパワーポイントに基づいて証言してみて感じたことだけど、やはり専門用語を説明する場合には耳だけで聞き取るよりも文字があったほうがいいと思った。「こじんべつきょうせいきょういくけいかく」(個人別矯正教育計画)とか、少年院のことを知らない裁判員が耳だけで聞いても絶対に理解できないだろう。

 そういう意味では、「わかりやすく」説明することは大事だと思ったけれど、一方で、裁判に「わかりやすさ」を過剰に求められる風潮はいかがなものかと思っている。少年犯罪に限らず、世の中で起こる事件には、様々な背景があって、犯罪を起こした人に対する適切な処分や処遇を検討するには、その様々な背景をいろんな角度から分析する必要がある。そういった個別的な背景事情を省略して「わかりやすさ」を追求することで、なにか大切なものを見落としているような気がしてならない。
穂積陳重

 明日は、再び松山地裁で逆送裁判員裁判の証人尋問。尋問が月曜日ということで、前日に松山入りすることにした。松山市内の観光は前回ある程度したので、今回は、宇和島に行ってみた。

 松山駅からJRの特急に乗って1時間少しで宇和島駅に到着した。「宇和島」といって、私が最初に思い浮かべたのが「闘牛」であるが、市営の闘牛場は改装中とのこと。では、伊達藩の居城であった宇和島城ぐらいしか見るものがないかなぁ、と思ったところ、駅でもらった観光マップに「児島惟謙」と「穂積陳重」という見覚えのある名前を発見した。

 児島惟謙(こじまこれたか)は、元大審院長で、ロシアの皇太子の暗殺未遂事件である「大津事件」で政府から死刑判決を出すよう要請されたにもかかわらず無期懲役判決を下し、罪刑法定主義、司法権の独立を守った、とされたこと(実は、児島はこの判決を下す際に他の裁判官に無期懲役に同調するよう要請し、「裁判官の独立を侵害した」という批判もある。)で有名である。

 穂積陳重(ほづみのぶしげ)は、日本の民法を起草した3名の学者のうちの一人。明治初期に起草された旧民法(ボアソナード民法)に対し、「民法出デテ忠孝亡ブ」と批判する論文を書いたことで、法律学の世界では有名である。なお、兄である穂積八束も東京帝国大学の憲法学者だったらしい。

 明治前半の有名な法律家である二人が同じ故郷であることは偶然ではないだろう。幕末から明治維新にかけて、各藩において、人材をどう育て、戊辰戦争にどう対応したかによって、明治新政府へどの程度人材を輩出できたか、という点で明暗が分かれており、そういった意味では、宇和島の伊達藩は先見の明があった、ということだろう。

 なお、昼ごはんは、前回と同様に「鯛めし」を食べる。「鯛めし」にも種類があって、鯛を炊き込むタイプではなく、刺身の鯛をご飯にのせてだし汁をかける南予地方の鯛めしのほうが好きだなぁ。

 今日、新しく少年事件を受任して、同時進行している少年事件が3件になった(在宅の事件、試験観察中の事件を含めると5件)。弁護士になってから少年事件を同時に3件受任するのは初めて。しかも身体拘束されている場所が、それぞれに離れていることもあって、接見・面会に行くのも一苦労だ。

 少年事件のほとんどが国選弁護人・付添人の対象にならなかった時代には、法律援助で弁護人・付添人になることが多く、その場合には1人分の弁護士報酬を分割さえすれば2人の弁護士で受任できるなど、他の弁護士と協力して活動を行うことがやり易かった。

 しかし、国選弁護人・付添人の制度が拡大されると、国選弁護人・付添人が選任された事件のほとんどでは、単独で活動をせざるを得なくなってきており、活動の自由度が減り、負担は大きくなっている。このあたりの制度は、なんとか改善してほしいと思っている。

 なお、今受任している3件は、いずれも刑事当番で偶然回ってきた事件ではなく、他の弁護士から紹介されたり、以前の依頼者から頼まれたりした事件である。負担は大きいけれど、「あの弁護士は少年事件に熱心に取り組んでいる」という評判が広がることは、悪い気はしない。
宇治川

 今日は、私が11年前に退職した宇治少年院の職員OB会に初めて参加した。宇治少年院は私が退職してから数年後に統廃合により廃庁となり、現在は存在しない。そんなこともあって職員OB会の存在を今年まで知らなかった。

 職員OB会の会場は、宇治川沿いの「亀石楼」。在職中の歓送迎会でもよく使われた場所だ。宇治には法務教官時代の8年間だけでなく、新聞奨学生として大学に通っていた4年間も併せて、計12年間住んでいたので、第二の故郷のような場所だ。実は宇治を京阪宇治駅から亀石楼には歩いて行ったのだけど、宇治川沿いの景色がとても懐かしい。

 亀石楼に着くと、退職してから初めて会う懐かしい顔、顔、顔!気分は一気に20代の法務教官時代に戻り、昔話に花が咲いた。昔話だけでなく、6月に施行された新しい少年院法、少年鑑別所法について、実際に現場での処遇に対する影響なども聞くことができた。

 その後、二次会、三次会と続き、楽しい時間を過ごすことができた。来年も必ず来よう!

鹿島

 昨日は松山市内のホテルに泊まり、今日は最終便で大阪に帰る。松山は12年前に一度だけ来たが、ほとんど土地勘がないので、どこを観光しようか迷ったが、松山の少し北にある鹿島という島に行ってみることにした。

 鹿島は、名前のとおり野生の鹿が生息している、周囲約1.5キロの小さな島だ。対岸の北条から渡し船で約3分ぐらいで到着するぐらい近い。鹿は繁殖期のためか、フェンスの中で管理されており、少し興ざめした。ただ、小さな島のわりに島の中心部の標高は高く、頂上からの展望はなかなかのもの。島に唯一ある食堂で鯛めしを食べて、松山に戻る。

 松山では、松山城、道後温泉と定番コースを観光。松山城、道後温泉は、12年前ぶりであまり記憶に残っていなかったけれど、歩いているうちにいろいろ思い出した。12年前は、弁護士になって戻って来るなんて想像もしてなかったなぁ。

 夕方から雨が降ってきたので、早めに観光を切り上げて空港に向かう。実は、3週間後にも、別の裁判員裁判の証人尋問に来る予定だ。今まであまり縁がなかった松山だけど、記憶に残る街になりそうだ。