昭和の海軍

 

私にとって、海軍も陸軍も同じ軍隊であり、第二次大戦を引き起こした張本人というようなイメージでいたが、この2つの軍はまったく異なる性質を持ったものだった。

 

海軍は、自分たちで自分たちの力を測ることができたという。言われてみれば、軍艦の大きさや強さというのは、数字として火力・装甲・速力などが出ていて世界の海軍と比較することができる。

 

日本海軍は英米よりはるかに劣ることと、艦船のための石油の備蓄は20数日しか持たないこともわかっていた。

 

だから、大戦争などできるはずもないし、産油地を植民地として抑える英国や自らが大産油国であるアメリカと戦争をしたくなかった。

 

海軍が平和主義を取り続けた理由はそこにある。

 

一方で、陸軍は冒険的かつ謀略的と司馬遼太郎は述べている。満州事変を起こし満州国の樹立、国際連盟からの脱退、ドイツへの接近。

 

海軍はこの間、海軍大臣を通して歴代内閣に自己主張をするという正統な方法のみをとった。政治活動を厭い、その真意を世論に訴えなかったのである。

 

戦争になった時、海軍は真珠湾攻撃を行い、アメリカの艦隊に打撃を加えた。しかし、ミッドウエー海戦で致命的損害を受け、その後のレイテ沖海戦によって連合艦隊を失うことになる。

 

終戦より10ヶ月前に海軍は事実上消滅した。

 

「長い戦争はダメだ、1,2年なら暴れることができる」と山本五十六は言ったという。その先は軍人だから言わない。

 

でも言わんとするところを周りが察して戦争を避けるべく行動していかなくてはならなかったのだろうが、そこを推し量れる人はきっといなかったのだろう。

 

唯一、暴走陸軍を止めることができたはずの海軍だけれど、それは叶わなかった。

海軍は消滅し、国家も滅んだ。

 

私の軍のイメージは大きく変わった。

海軍はやはり「スマートであれ」の一言で象徴される紳士の集団であり、今この時代から見ても良識ある平和主義の集団であったのだ。

 

海軍の運命は、陸軍に翻弄され、そして自滅とも言える道をたどる。

なんとも歯がゆい、悔しい思いが、私の胸のうちに残った。