勝海舟の曽祖父
勝海舟と聞けば、誰もが知っている江戸城の無血開城。
明治維新の立役者である彼のルーツに、私は驚愕する。
勝海舟の家は、もともと越後から江戸に流れてきたということで家柄などがなかったそうだ。ただ、勝海舟の曽祖父は自分の子供を旗本の養子にし、さらに孫を御家人勝家の養子にした。その子供が勝海舟なのである。
この辺りの話は全く知らなかった。
家柄があり、代々武家として江戸幕府に仕えてきたんだろうくらいにしか思っていなかった。
海舟の曽祖父は失明者で金貸しを営み巨富を築く。この富が子供を養子に出すことができたのだ。三万両とも言われる持参金で旗本の株を買う、すなわちその身分をもらうということをやっている。
この勝海舟の曽祖父は、自分が失明者であるという一般的には不利なことを、金貸しになることで益となるということに気づき、実際に行動し、子供や孫に幕臣への道を作ったのだ。
江戸幕府の失明者対策は、「失明者からお金を借りたら返さなれば法によって罰せられる」というもので、この自分にとってまたとない条件を存分に使えると踏んだに違いない。越後から江戸に流れてきたというのは、意図的だったのではないかと私は思う。
勝海舟の曽祖父の素晴らしいところは、それを子供や孫の将来に還元したということであろう。
曽祖父の考え方がなければ、勝海舟は金貸しの子供として生まれ、幕臣としての地位はなく、仮に類稀なる才能を身につけていたとしても、それを活かせる場に出て行けなかったということは十分に考えられる。
貧困は人生を変える。
どんなに才能があってもお金がなければ進学もままならない。これは今の令和の時代の日本においてもまだまだ起こっていることである。
そして貧困によって教育を十分に受けられないと、人の思考は育たない。そして貧困は繰り返す。
そう思うと、曽祖父の考えはあっぱれという他ない。
子供や孫に武士としての地位を授けた。それゆえの勝海舟の登場なのだ。
歴史の表舞台に決して出ることのない海舟の曽祖父。
その思いを海舟はどのように父に聞かされて育ったのだろう。
勝海舟が、才能溢れる人物であったとしても歴史に名を残すほどの人物になり得たのは、この曽祖父のおかげであったということは誰の目にも明らかである。