「まぁ〜た、始まったよ...。」
日本に帰ってすぐ、友達と会った時。大音量で鳴く蝉の鳴き声を聞いて、友達がため息混じりにこう言った。
これから始まる、長くあっつい夏を想像してウンザリしたんだろう。
私はといえば、フランスにいる間蝉の鳴き声を聞いたことが一度もないので、むしろ心地の良いものとして感じていた。
日本に住んでいた時は、私もウンザリしていたんだろうか。密かに、その感じ方の違いに驚いていた。
蝉といえば、必ず思い出すことがある。
江國香織さんの「すいかの匂い」という短編小説集。家の本棚を漁っていると見つけた。母が買って読んだのだろうか?
その中の「水の輪」という作品。主人公は高校生くらいの女の子だったか。書き出しも、真ん中の方も、内容は全然覚えていない。ただ最後のシーンを強烈に覚えている。
クマゼミの死骸を手に載せ、主人公に向かって突然、「シネシネシネシネシネシネシネシネ」と言い放つ同級生の少年。
恐怖してその場を逃げ出したが、後になって思い返せば、もしかしたら彼はクマゼミの鳴き声がどんな物か教えようとしてくれただけなのかもしれない、と回想する。
細かい所は違うかもしれないが、確かこんな内容だった。
初めて読んだ、当時の私も高校生。それまでクマゼミの鳴き声がそんな風に聞こえたことはなかったのに、それ以降そうとしか聞こえなくなってしまった...。
同じ短編集の中の作品だったか、全く別か、一人で手刀のように空を切り「シャァ!」と言う女性の話もよく覚えている。
そうすることで、何か自分の中の嫌な物が切り離せる気がするとか、なんとか。そんな話だったような気がする(違うかも)。
読んだ同時期、高2か高3か。いつも一緒で一心同体のようだった友達が、ある時から突然、階段を全速力で駆け下りながら「シャァーーー!!!」と叫ぶようになった。
驚いてすぐに友達に話すと、「その本が読みたい!」とせがまれたので貸してあげた。
本は数日後すぐ返ってきたが、友達は何とも言えない微妙な顔をしている。
その時も、それ以降も、一度も感想は聞かなかったのだけど、先日久しぶりに会った時に、ふと思い立って聞いてみた。
「同じじゃないと思うけど、でも、もしかしたらそんな風に思っとる自分がホントはおるんかなぁ。どうなんかなぁ...。」と、ウンウン考えていたそうだ。そうかぁ、だからあんな表情をしていたのか。
自分はこの主人公の女性に全く共感できないのに、なぜだか部屋の真ん中、小さなテーブルの前に正座し、「シャァ!」とひとり手刀を切る女性の姿が容易に浮かんでくる。
街ナカを歩いていると、「この人も家でひとり手刀を切っているんだろうか...」とすれ違う名も知らぬ人を見て考えたりする。
![]()
![]()