留学生がフランスで勉強を続けるには、滞在許可証を更新しなければならない。
コロナの影響で今はオンラインでの更新が出来るようになったが(その代わり処理がめちゃくちゃに遅い。平気で半年待たされる。)、私が留学した当時は指定された場所に赴き、何時間も列に並び、待たされ、の更新が普通だった。
最初の更新の場所はパリの北の方であった。
ガイドブックに「クリニャンクールの蚤の市」と楽しそうに書いてある場所と同じ駅だったが、お世辞にも雰囲気のいい地区とは言えない。
2回ほど、頼まれて日本から遊びに来た友人をクリニャンクールの蚤の市に連れて行ったことがあるが、どちらも着いた瞬間目を白黒させていた。いかにも財布がすられそうな雰囲気の場所なのだ。
その日の午後、わたしは音楽院でクラスの発表会がある予定だった。
先生が名のある音楽家仲間たちを招待して、演奏後には一人ひとりからありがたいご講評をいただける。
本当なら家でゆっくり準備してから発表会へ臨みたかったのだが、被ってしまったもんはしょうがない。
なるべく早く終わりますようにと願いながら、朝もはよから1時間列に並び、1時間名が呼ばれるのを待ち、またさらに1時間処理が終わるのを待ち...と4時間ほど待っていた。
手続きをしてくれるスタッフの皆様の中には愛想の良くない方もチラホラいる。
毎日現れる膨大な数の外国人の相手をし、うんざりする気持ちもよくわかる。
が、こちらも書類に不備がないか、あったとして問題をちゃんと理解して対処できるのか、みんな数日前から緊張しているのだから少しくらいは親切にしてほしい。
発表会、書類の心配とストレスと4時間待ちで、私の脳は限界に達していた。
脳が限界を迎えると途端にフランス語がわからなくなる。そうなったらジ・エンドだ。
やっとのことで、滞在許可証の更新は最後のステップへ突入した。
名前を呼ばれ、つい立で両隣を仕切られたブースに座る。スタッフは運の悪いことに若いねーちゃんだ。
フランス人の若者は早口の上にドゥルドゥル喋るので、何を言っているのかさっぱりわからないことがしょっちゅうある。
ねーちゃんから、書類の緑の枠の中に名前を書くよう促された。
私の限界を迎えた脳のせいか、早口のせいか、何を言われているのかちっともわからないが「緑の枠に字が触れる」ように書けと言われている、気がする。
なぜそんなことをせないかんのか、と思いつつ、朦朧としながら無理矢理字の端を枠線にくっつけ名前を書いていく。
ねーちゃんは私が書きやすいよう紙を抑え、じっくりと最後まで書き終わるのを見届けてから、
「ネェーー!ちょっとォ!!この人枠に当たるように名前書いてるんだけど!!チョォーうけるゥ!!」
と、突然隣の同僚に書類を見せながらバカ笑いを始めたのだった。
唖然とするわたし。
名前は「緑の枠に字が触れない」ように書かなければならなかったのだ。
唯一の救いは、同僚が一緒になって笑うことなくバカ笑いするねーちゃんを呆れた様子で見ていたことか。
なんで書いている途中に教えてくれなかったのか。なんでこんな事でここまでバカにされなきゃならんのか。
無事に滞在許可証をゲットし、建物を出た途端涙がぶわっと溢れてきた。
人通の少ない道の真ん中。
ヴゥ..フグゥ..と奥歯を噛み締め、嗚咽を漏らしながら心の中で唱える。
「全てのフランス人に○を!」
(後日、怒り心頭で事の顛末を友人にぶちまけ、全てのフランス人って大げさな..と呆れられた)
「どこの世界にもイジワルな人っておるよね」
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