留学したての頃、音楽院からの帰りの電車がいつもマリーという女の子と一緒だった。
毎週一回30分強マリーと二人っきりは、フランス語が全然話せない私にはかなりのハードル。前日の夜にどう話しかけるかネタを考え、電車に乗る前はいつもドキドキしていた。
マリーはロシアとフランスのハーフで、栗色の巻き毛がかわいい。いつも小さなスケッチブックを持っていて、気に入った風景をデッサンしていた。
自然が大好きで、緑道を足取り軽くぴょんぴょんと跳ねるように歩くマリーはまるで森の妖精さんみたいだった。
私の持っている電子辞書には、フランス語だけでなく各国の基本的な会話の例文がインストールされている。
フランスには電子辞書がない。日本語を勉強している私の友人たちは、スマホの辞書アプリやオンライン辞書を使っている。
というわけで、ある日電車の中で電子辞書をカバンから取り出した時、マリーは「なにそれ!」と興味津々であった。
どうにか会話を盛り上げようと、ロシア語の基本の会話集を広げてみる。
適当な例文を選び、カタカナで表記されている発音をそのまま読んでみた。
「ヤー ニ カヴァリュー パルースキ(ロシア語は話せません)」
目をまんまるにし、小さな口をあんぐりとあけてマリーが言った。
「すごい...今の発音カンペキだった」
たったそれだけのことが、なぜだか物凄く嬉しかった。
フランス語なんか全然喋れない。何いってんだか分かんないよって顔をされる時だってしょっちゅうある。
それでも私には友達がいる。
そう思うと、明日もまた頑張ろうと小さな勇気が湧いてくるのだった。
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