
お風呂の際にはまた抜けていくのね…さよならなんて思いながら、ベリーショートともしばしのお別れ

抗がん剤が終わったころ、ちょうどクリスマスシーズンでした

1病棟8階でもクリスマス会が行われたのですが、婦長さんの挨拶で
「うちの病棟はお友達(点滴スタンド)が沢山あって、みなさんがクリスマスツリーを持ってるみたいで素敵ですね
看護学生さんたちが、オーナメントを作ったので飾ってください」
看護学生さんたちが、オーナメントを作ったので飾ってください」なぁんてちっちゃなサンタさんのブーツを飾ったり、看護師さんの出し物のハンドベルを手伝ったりと、とても楽しかった

ビンゴ大会でプーさんのタオルが当たってすぐに洗顔のタオルにしたなぁ

クリスマス会の最中も、点滴交換や違う科に呼ばれる方も多かったです。
抗がん剤の最中は辛すぎて楽しいことなんて無いなぁ
って荒んでたので、みんなで1つの催しを楽しむってすごくいいことだね
って荒んでたので、みんなで1つの催しを楽しむってすごくいいことだね
毎日カーテンを閉めてテレビを観てるだけじゃ入院生活もったいない

年末は白血球の数値が下がっているから、実家に帰れず、付き添いのお母さんのアパートへ。
大学病院近くのアパートだったので軽い運動にもなり、気になっていた焼き鳥屋さんにも行きました

味噌ラーメンが味噌汁みたいに味気なくて、飲んだ後美味しそうに食べてるおじさんが幸せそうに見えた

外泊二日目にIVHが詰まると困るので、当時はヘパリンフラッシュしてました。
(今は生食フラッシュって聞いたけど、詰まりやすくなったんでは…)
白血球の数値が下がってるのに初売りに行ったりして結構楽しかったです(教授には少し叱られたのもいい思い出かな?)
お正月気分も抜けないまま外泊から帰ってきたら、神妙な顔つきの先生たち。
「放射線治療をしますか?」
「痛いんですか」
「痛くありませんが、将来に関わる副作用が出ます」
「それは…?」
「卵巣の活動が止まります。生理がなくなります」
「……1週間考えさせて下さい」
私はこの時将来子どもを産んで親に見せてあげれなくなることを深刻に考えたら、二つ返事で治療をするなんて言えなかった。
子どもが産めなくなるの……?
17歳の胸は張り裂けそうに痛かった。