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ひろぽんのストーマ日記

17歳から悪性リンパ腫切除に伴い回腸ストーマ(人工肛門)になり日々起こる出来事を!28歳独身が奮闘してみる

放射線治療のことを新年度から考えるなんて思っていなかった。
内科治療が終わったらすぐ外科手術かと思っていたので、正月気分が抜けず、吐き気が無いなんてサイコーくらいの気持ちっったのに、将来のことを考えるのが嫌だった。
もちろん進学するつもりだったので、それに向けて頑張らなきゃな❗️とかは思ってたけど、子どものことまで考える余裕は無かった。まだ高校生だったから気持ちが子どもだし、入院してるのも内科では一番若かったので、お母さんも寝泊まり出来る小児科みたいにならないかなぁなんて思ってた
入院してからはお母さんが介護休暇を取って、付き添いをしていたから、治療でイライラして「帰れ❗️」なんて八つ当たりした事もあったけど、治療一つにしても何でも保護者の同意が必要ですだったので、お母さんは毎日来てくれた。
私が診断された時は主治医に
「私が今まで診た患者で腫瘍が最大です。すぐ入院して下さい」
って言われて入院してから、毎日検査だ採血だって忙しい思いも
「五年生存率は0です」
なんて言われて、泣きたくもなっただろう。
未来がないかもしれないのに、治療をさせることが正解なのか疑心暗鬼にもなったと思う。(五年生存率は0と聞いたのは、五年たってからでした)

そんなお母さんにも、将来孫の顔は見せれないのか…と思ったら、とても情けない気持ちになった。(婦人科系の病気や生まれつき子どもを産めない方はすみません)
やっぱり、子どもは産みたいってずっと思ってました。
だから、相談できなかったです。
一番後悔してます。
子宮は残ってるから、卵子を冷凍保存すれば、子どもは産めたんですから…。
これ以上金銭的な負担を増やしたくない、将来結婚相手にも、迷惑かけたくない…それだけでした。
看護婦さんには言いました。
そうしたら
「今、生きることを考えて欲しい。私も女だから、子どもを産みたい気持ちも分かるけど、お母さんにとっては、今生きているあなたが居なくなるのが一番悲しいのよ」
と一緒に泣いてくれました
今でも思い出すと涙が出ます

でもこの一言で治療をして生きようと思いました。
私が生きてお母さんを笑顔にしたい!と思いました。マザコンと言われてもお母さんを幸せにしてあげるんだ!と。

一週間はあっという間に来て、一見怖そうな先生が話を切り出して
「放射線治療。…受けますか?」
と聞いてきました。
私は泣きながら
「放射線治療をしないと、腫瘍が散らばるんだよね…。今出来るベストが放射線治療なら、先生方を信じます」
って言ったんだ。先生も泣いてた。

辛い決断だった。