自分だけのルールと人と約束したルール。

どちらのルールも、自分を縛らず、解放されるためのルールでありたい。


もし互いを縛るルールならば、その目的がどこか不明確な時が多い。


だれのために、何のために、なぜ、そのルールは必要なのか。


ルールが意識化しているとき、それはまだ腑に落ちていない。


ルールが当たり前となり、習慣化したとき、初めて解放された自分になる。


Rule is Free


ルールには義務はなく、責任がある。



集団の中で定められたルールが無意識化に組み込まれたとき、

阿吽の呼吸やTransformingに近づくための礎ができたことになる。


明確なルールとその潜在化は現在の私にとって重要なテーマです。