「この国をずっと非戦の国に」と
の願いが、一瞬にして打ち砕かれ
た。「専守防衛」という国是を守
って、海外で戦いによる血が一滴
も流れなかった国の行く末はこの
先どうなるか分からない。そんな
沈んだ気分を少しでも変えたくて
岸田政権が「先制攻撃保有」を決
めた週明けに、雪の金沢へ日帰り
の旅に出かけた。この地にかつて
勤務した3年間で一度も経験しな
かった激しい霰が空から絶え間な
く降り、顔面を強く打ち続けられ
た。一層落ち込ん気持ちになりか
けたが、北国ならではの豊穣な人
々の営みの中に身を置くと、いつ
の間にか癒やされ、「負けてなる
ものか」という気丈な思いが戻っ
ていた。
大阪から金沢に向かう特急サンダ
ーバードは琵琶湖を過ぎたあたり
から窓の景色が白一色に変わった
。敦賀を後にすると、道路や田ん
ぼの積雪は約10センチ近くあり空
はあっという間に晴天からにび色
に変わっていた。車内は京都から
乗ってきたフランス人の団体客が
隣同士でがきゅうくつそうに談笑
しあっていた。リクライニングの
座席を倒す方法に気づいていない
ように見えた。年配の女性に声を
かけて、座席の内側のボタンを押
してあげると、体を後ろに倒しな
がら、ほほえんで礼を返してくれ
た。
すこしほっこりした気分になり、
まどろんだ。加賀平野に入っても
雪景色は変わらなかった。いつも
なら福井を過ぎたあたりから、雪
景色は見られなくなるのだが、こ
の日は違って雪は降り止まない。
それどころか、雪が大粒の霰にか
わりポツンポツンと激しく車窓を
打ち続けた。
金沢駅に着くと、すぐに近江町近
くにあるかつての行きつけの寿司
店に向かった。ところが、店はの
れんが掛かっておらず、入り口に
張り紙があり、「勝手ながら都合
で22日まで休みます」と書かれて
いた。主人に何があったのか、仕
方なく他の市場の寿司店に出向い
たら、こちらもウィークデーとい
うのに6人の行列。以前この店の
にぎり寿司がリーズナブルで、魚
のアラ汁がめっぽううまかったこ
とを思い出し、思い直して並んだ
。新幹線が開通して金沢の町は旅
行客が多すぎる「オーバーツーリ
ズム」の様相だ。
すしは期待通りうまかった。年配
の女性の裏方さんが調理するアラ
汁はおかわりを頼みたくなるほど
だった。食後は七尾市出身で世界
のパテシェとして知られる辻口博
啓さんがコーディネートする石川
県立美術館のスイートレストラン
に向かった。満席だった客席が途
絶え、ちょうど席が空いた。窓際
のカウンターに座ると、斜めに大
きくカットデザインされた窓には
、また激しく霰が打ち付けた。そ
れは絵画のような一景にも見えた
。チーズのショートケーキが濃い
目のコーヒーによく合った。
美術館のホールで「金沢芸妓の舞
」の集いが開かれると聞き、迷わ
ずチケットを買う。金沢勤務時代
、毎晩のように散歩していた茶屋
街「主計町」の芸妓ら4人が舞う
という。笛「夢香山」から始まり
、舞踊「山中しぐれ」「満月」「
金沢風雅」などの演目はどれも華
麗で粋。百万石の城下町の伝統を
存分に味わせてくれた。「お座敷
遊び」体験もあり、我先と観劇の
女性が舞台に上がり、鼓打ちに興
じていた。
「空から謡いがふってくる」と言
われた城下町の豊かな文化の香り
を感じたひとときであった。帰路
、兼六園脇の下り坂には滑り止め
筵がびっしり敷かれ、安心して香
林坊に向かった。途中の石浦神社
の石垣にはアート模様のように雪
の塊ができて、緑と白のコントラ
ストが鮮やかだった。見上げると
、兼六園入り口の松の雪吊りがす
っくと先端が抗うように空に向か
っていた。しばらく見上げている
間に、どこか気分が一新された。
来年は雪吊りの突端を思い描き、
理不尽なことに鋭く突き刺さるよ
うに生きよう。
【2022・12・21】
(今年は今回で最終とします。今
年もご愛読ありがとうございまし
た。次回は1月12日から始めます)