「NATOがロシアと交渉しないか
ら市民の犠牲が増えている」。テ
レビの情報番組で、橋下徹元維
新代表がしたり顔でロシアのウ
クライナ侵攻による市民の犠牲
者拡大をあたかも「NATO不介
入のせい」と言い続けている。強
い組織を「敵」に作り上げて、自
分が立ち向かっている風を装うい
つものやり口だが、悲しいほどの
論理破綻がみえる。その視点か
らは理不尽なロシアの主権侵害
に対するウクライナ市民の怒りの
覚醒を過小評価している。首都キ
エフへの侵攻をはね返しロシア軍
を退却させた今、放送会社は改
めて人心を迷わす「橋下フェイク」
を検証し、安易にたれ流すのは
やめてもらいたい。
橋下発言は増え続ける市民の犠
牲者は大国ロシアと対峙するNA
TO加盟諸国が交渉に応じないか
らだという趣旨である。主権侵害し
たロシアの大罪を十分糾弾せず、
NATO側のせいばかりにする一
方的な意見である。そもそもNAT
Oにはロシアと交渉する権限など
何もなく、理不尽な言いがかりを
つけるロシアと自国を侵害された
ウクライナの救国戦争であるとの
認識にも欠けている。NATOを責
めれば、視聴者の共感を得られる
のでは、という邪な思惑が透けて
みえる。
番組中、司会者に橋下氏の発言
の評価を問われた軍事研究家の
黒井文太郎さんが「(犠牲者が増
えているのは)ウクライナの市民
自身が犠牲覚悟で立ち上がって
いるため」と冷静な表情で語って
いたのが印象的だった。橋下発
言は逆に大国同士の交渉で戦争
はどうにでも動くという傲慢で偏狭
な見方に塗り固められている。橋
下氏は「国際社会のウクライナ支
援など戦争を止めるには役にも
立たない」と言い放っていたのも国
際世論を過小評価する物言いであ
る。
情けないのは、黒井氏以外のスタ
ジオのひな壇に並ぶお笑いタレン
トや解説委員らが橋下発言に何の
異論も述べられなかったことである
。反対意見を述べれば、橋下氏が
必ずかみつくように逆襲するのが分
かっているからと推察したくなる。一
方的な価値観ばかり強弁するコメン
テーターの起用にはようやく様々批
判が広がり始めた。
今年正月のバラエティー番組に橋下
氏、吉村洋文大阪府知事、松井一郎
大阪市長を起用した毎日放送には視
聴者から「偏っている」と強い批判が
寄せられた。社内調査で「組織的検討
が不足していた」との結論が出された
。担当局長は「視聴率を狙いにいった
番組である」と認めていたのに、相変
わらず維新色の強い政治家やコメンテ
ーターの起用が絶えない。多くの局で、
橋下氏を起用し続けているのは、その
発言の真偽をジャーナリズムの視点で
放送局自身がチェックできていないか
らだ。
ウクライナの戦況はロシア軍がキエフ
包囲網を解くという新たな節目を迎えた
。ウクライナ国民の祖国防衛戦争への
強い意志と欧米の武器支援などが重
なって、ロシア軍は停戦協議に応じざる
を得なくなった。特筆したいのは、既に
ロシア軍戦車二百数十台を壊滅させた
手動の対戦車ミサイル「ジャベリン」の
効力である。1発約2千万円もするが
、その戦果は絶大である。
プーチン大統領がほのめかせた核使
用に至らせないため、NATOの直接介
入はできないのは自明で、武器援助は
第三次世界大戦にならないためのギリ
ギリの選択だろう。戦況を見誤って世
界が破局を迎えないためにも、国際社
会の努力を不当に非難するような「橋
下フェイク」は排除されなくてはならない
。
【2022・3・30】