ぼくネ、思うんだけど、ヒトのほとんどが胸の中で? 頭の中で? 物凄い量の「ヒトリゴト」をポソポソ呟いていると思うんだ。
ヒトとさ、話してると思わない? 「あ、この人、今、ぜんぜん別のこと考えてるな」とかサ。
実際、声が聞こえてくる時もあるし、ネ。ぼくは詐欺師なんかとは会ったことないから分からないけど、きっと、あーゆーヒトたちからは、耳を疑うようなキッタナイ声が聞こえてくるんだろうな。会ったことないから分からないけど。そうに決まってる。
でも、ときどき、ぜんぜん声が聞こえてこないようなヒトもいてサ、さすがにコッチも目を丸くしちゃうというか、そういう時は眠気も吹っ飛ぶような気分になるよ。
何を考えてるのか分からない程度の「気取り屋」だったら話が早いけど、そうじゃなくてサ。きっと本当に何も喋ってないから、声が聞こえてこないんだよネ。あーゆーヒトって。
本当は何を考えてるんだろう? とこっちが気を利かせてみても、容赦なく無音。というか、ムシ。アーァ、ヤんなっちゃう。
でも、そういうヒトに限って「たのしい」とか「ワクワクする」みたいなガキみたいな言葉使うんだよ。別にイイんだけどサ。ぼくだって使うし。
でもさ、そういう言葉を使う時って「本音」と「建前」みたいな矛盾を抱えてるもんでしょ。本当は思っていなくても、吐き出すことによって自分の気持ちをノセようとする、とかサ。
あれ、ちがう?
「たのしい」って言うから、楽しくなる、的なさ。やる気が出るから動くんじゃなくて、動くからやる気が出る、みたいな。そーゆー系の本には、そーゆーこと、書いてあったヨ。
だから面食らうというか、ついつい話しかけたくなっちゃうよね。声が聞こえない人って。ワクワクするのさ。
「今、なに考えてます?」
びっくりしたァ。
「え、あぁ。この前行った展覧会のことを一瞬ね」
「いいなァ、その余裕。てか自由」
だって、アンタがつまんない話するからじゃん。
「ウチも自由になりたいなァ」
ほら、またその目する。その顔。その表情。話を聞いてくれ。自分は悩んでる。こんなに苦しんでる。助けてくれ。わたしばっかり悲劇がやってくる、みたいな声がワンワン響いてる。慰めてほしい、優しくしてほしい、背中を押してほしい。あー、うるさい、うるさい。
「いやいや、劇団やめて新たな一歩踏み出してるんだから。ぼくよりよっぽど自由だし、これ以上の自由求めたら、バチ当たるよ?」
っていう「本音」と「建前」の混じったことを言う。
「ウチもそう思ってたんですけどォ、現実は甘くないですねェ。やっと自由になったかと思ったら、外の世界の方がよっぽど不自由というか。けっこう、厳しい」
「やめなよ、現実主義者。高校生かよ!」
「だってェ、どこ見渡しても現実ばっかりじゃないですかァ」
「あんたさァ、星、眺めたことないの? あの光のどこに現実があると思ってんの? 何光年も前の光が煌々と輝いてるんだよ? そのどこに現実があると思ってんのさ。もう、その考え方改めな」
「あー、もォ。すぐそーゆーこと言うゥ。ロマンチストぉ!」
「ヤダヤダ、この程度にロマンチシズムを感じちゃうなんて。あんた劇団出て正解だったよ」
というこの無駄話。頭がオカシクなりそう。
もっとサ、ズバッと言ってくれたらどんなに楽か。「付き合って欲しい」とか「助けて欲しい」とか。ただベタベタ、ベラベラ口がイヤらしく動いてるのを眺める方の身にもなってヨ。
今はまだ装飾だらけの言葉の中から、素の声を聞き取ることはできるけど、これが5年も経ったら分からないよ。ぼくだってあっという間に耳の裏からオジサンの臭いをプンプンさせるようになるんだから。耳にもゴミが溜まっちゃってさ。経年劣化は止められない、ってのが世の常なんだよ。
もう、なーんでこんな想像しちゃうかなァ。
いつから自立しちゃったんだろう。あァ、ここで言う「自立する」ってのは、「現実を直視できるようになる」ってことネ。
だって、高校生くらいの時って、もっと現実を信用してたもの。というか、現実の疑い方すら知らなかった。自分の目に見えてるものがホントのことで、テストが全て、みたいな。勝負には「勝ち」と「負け」しかない、みたいなサ。
みんなはどうか知らないよ? 少なくともぼくは、そんな感じで現実を信用してたって話。
だって転校してきたイケウチさんは、妙に大人っぽかったもの。プルッとした下唇を突き出して、この世に恨みでもあるのかと思うくらい力んだ調子で「ガキどもが」ってわめいてたんだよ。
ぼくは「アイツ、大人だなぁ」って思いながら、遠くから見てたっけ。めんどくさいから友達にはならなかったんだけどネ。
あれから何年経つんだろ。すっかり現実を疑うことに慣れきってしまった気がする。別になにがあったってワケでもないのよネ。自然とそうなったというか。
ま、そんなもんなんのよ、人生なんて。
「ウチも、そんな眼ェして、考えに耽ってた時期もあったなァ」
もう、うるさいなぁ。
「誰が気取り屋だ」
「ヌフフ、気取れるうちがハナ、よ」
「……なんだかなぁ」
こういう時、あの子だったら何て言うんだろうか。
どんな会話を繰り広げるんだろうか。
そう、あの子、榊原玲奈。
影では「桃尻娘」と呼ばれる高校生。
きっと予想だにしない、ズッコけることを言い放つんだろうな。少し大人びた口調で、ネ。いや、実際、そんなドギツイことは言わないか。オゲレツなことは言ってもネ!
彼女って、いつもそうだもの。実はすごく真面目で健気だから。ずーっと心のうちでは喋っていても、そこから声にするのはほんの少し。いつも「現実って、そんなモンなのよ」って、不貞腐れてるんだよネ。
でも、それが本当に素敵というか、思わずうっとりしちゃう。なんとも言い難い魅力を放ってるというかネ。話したくない相手でも、ちゃんと相手してあげるところとか、意外と尊敬だよ。だって、それって大人でもムズカシイものね。それでいて正直だし。
たぶん、令和に彼女が現れたら、それこそ「不適切にもほどがある」し、一発レッドカードになっちゃうと思うけど、人生をはかる尺度は増えると思う。
あー、なんだか大人っぽい言葉。人生をはかる尺度だって。ムズガユイ! とにかく一度、彼女に会って欲しい。
うーん、憧れちゃうなァ。
これで本当に小説から飛び出してきてくれたら面白いんだけどなァ。きっと、それはムズカシイんでしょ。だって「現実って、そんなモン」だものねェ。
橋本治さんの『桃尻娘』と『花咲く乙女たちのキンピラゴボウ』を読んだ。
本の世界に、ずーっといたくなった。