結婚前から3ヶ月に一度のペースで訪れている東京ディズニーランド・ディズニーシー。
今回はランドのターン。
今回の来園には大きな意味があった。
5歳になった娘が身長102cmの制限を超え、ランドでは全てのアトラクションに乗る事が可能になったのだ。
息子が生まれ、その2年後に娘が生まれた。そして今日に至るまでの7年間。僕等夫婦は耐え忍んでいたのだ
ビッグサンダー・マウンテンを。
しかし普通に『巨大な山を雷の如く駆け巡ろう』と誘っても断られるだけ。
まずは子供達の希望通りにパークを回った。
両親の画策も知らず、無邪気にジェラトーニに扮し、ゼリーを食べる娘。
そして扮するレベルを超え、ダッフィーそのものとなった息子。絶叫系が苦手な7歳も、今はまだ穏やかな表情だ。
コーヒーカップで激しく回され、この後15分間に渡ってダウンした妻。
後に妻は『この時計画遂行への気持ちがより強固なものになった』と語っている。
夫婦でポカホンタスと。
この時息子は『思ったより大きい』との理由で逃亡した。
カヌーも乗ったし
ラスボス感漂うショーも観た
休息を取った後、ミッション決行だ。
『ドキドキ天国列車に乗ろう』
僕達夫婦はアレをそう呼んだ。
子供は想像以上に感性が鋭いものだ。『ビッグサンダー・マウンテン』という名称の『ビッグサンダー・マウンテン感』は異常だ。どういった乗り物かを察してきたら断られるのは必至である。
ドキドキ天国列車というファンシーな響きに二人は乗車を快諾し、列に並んだ。阿鼻叫喚地獄特急であることも知らずに。
閉園近い時間帯で待ち時間も30分。全ては順調に進んでいた。
しかし
もう間もなく乗車という所まで進んだ時、子供達がある声を聞いた。
先輩乗客の叫び声である。
通路の窓から一瞬だけ確認出来る猛スピードの黒い塊が、奈落から聞こえてくるような断末魔の咆哮が、二人の眉をしかめさせた。
『これは天国列車じゃないよ』
何かを察した娘が母親に訴えかけた
混乱した息子は『月がキレイ』と呟いていた。
これまでか。
娘がダダをこね始めたら止まらない。もちろん無理矢理乗せられるものでもない。途中退出も覚悟したその時、妻が信じられない言葉を言い放った。
『これは赤ちゃんの乗り物だよ』
流石に耳を疑った。ブレーキを失って暴走する炭鉱列車が、赤ちゃんの乗り物であるわけがない。コーヒーカップの怨念の強さに背筋が寒くなった。
だがこの修羅の言葉が、二人のプライドに火を付けた。
“赤ちゃんの乗り物を恐れたら終わり” だと。
彼等は小さく頷くとそれ以降は何も話さないまま、暴走天国赤ちゃん列車に乗車した。
言葉は時として無力である。
歴代のピューリッツァー受賞作品がそうであるように、何万文字の文章よりも一枚の写真がより雄弁かつ優れた語り部となる事がある。
ビッグサンダー・マウンテン降車直後の娘の写真がある。そこに映った娘は泣いてもいなければ叫んでもいない。暗がりで撮った、ただの写真だ。
そう。菩薩である。
地獄と享楽の果てに、娘は菩薩となったのだ。
一方の息子は突然
『ボールペン!』
と叫んで駆け出した。彼は彼で何かしらの壁が壊れたようだった。
家族みんなでビッグサンダー・マウンテンに。
そんな夢と小さな復讐を叶え、夫婦恒例のミッキーウォッチ写真を撮って帰路に着いた。