宙へ

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父の日だった19日の日曜日、息子の幼稚園で父親参観が催された。






前日は朝の5時までキャバクラ遊びに興じていたが、2時間の睡眠を取り何食わぬ顔で参加。理想の父親像に拍車をかけた。












今回のメイン企画は『紙ひこうき大会』




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年中の『たんぽぽ』『さくら』『つくし』の3クラス、総勢100組を超える父子で紙ひこうきを自作。輪ゴムで一番遠くに飛ばした者が優勝という文字通りの空中戦である。 
















 “ザ・クリエイター” 






見事な優勝をおさめ、父兄、先生、そして生徒達、幼稚園の全ての関係者にこう呼ばれたい。この称号を戴冠する為、敗けは許されないのだ。











息子が所属するたんぽぽ組に到着し、周囲を見渡す。保護者の年齢層は様々。20~30代を軸とし、中には50代と見受けられる父兄の姿もある。



当然互いの学歴など明らかでは無いが、中には工学系の大学で航空学を学んだ人間もいないとは限らない。誰もが「紙ひこうきには疎い」といった表情を浮かべつつ、互いを牽制している。







“こざかしい連中だ”





計算高い保護者達を背に、さっきまでNo.2の樹里亜ちゃんがしなだれかかっていた右腕に力を込めた。














朝の生ぬるい遊戯が終わり、戦いの刻が訪れた。









ルールはこうだ。



・飛行機の紙、発射台となる割り箸、輪ゴムは同じ材料

・セロテープ、ガムテープも使用可

・園庭にてクラスごとに発射し、飛距離で勝者を決定

・各クラスで1位となった3名で最終決勝戦、真の覇者が決まる








古代ローマのコロッセウムが頭に浮かんだ方もおられるだろう。それだけ厳しい戦いを予感させるサバイバル・ルールだ。











まずは飛行機作りに取り掛かる。息子の鼻水を拭き取るフリをし、周りの飛行機を偵察する。翼が大きなワイド・ウイングのタイプが多い。

確かにここ近年、テレビなどで紙ひこうきを取り上げる際にこのタイプをよく見かけるようになった。しかしこのタイプが秀でているのは滞空時間。今日は飛距離の大会なのだ。




メディアの笛で踊り狂うピエロ達を横目に作業を始める。僕が作る飛行機は何の変哲も無いよくあるノーマルな型式。不安な顔を浮かべた息子を手で制し、耳元で囁いた







『これでいい。いや、これがいいんだ』











ノーマル。 聞こえは悪いが言い換えてみればその型が広く定番化した証。定番化まで至ったのにはそれだけの理由がある。 安定だ。





その約束された安定感に、今回は飛距離に繋がる工夫・要素を一つまみ加えればいいのだ。








飛行機の先端を少し折り返し、そこにセロテープを一巻きする。

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こうする事によって一方向への推進力が強化される。ここまではよく目にするカスタムだが、重要なのは次だ。






飛行機下部に入れたゴムを引っ掛ける切り込み。

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この小さな三角地帯もセロテープで補強する。そうすることで輪ゴムを引いた際に紙が曲がりずらくなり、より強く力を込められる様になるのだ。










もちろん発射台となる割り箸とゴムにも工夫を加えてある。



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割り箸を二本テープで括り付け、輪ゴムも二本使用。そして








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二本の輪ゴムを重ねてテープで固定し、ズレによる力の分散を防止。この数点の強化で飛距離は変わるに違いない。あくまでも推測ではあるが、俺は俺の野生に耳を傾けた。














息子が完成した紙ひこうきに好きな文字を書き入れる。無機質な機体に魂を吹き込む作業だ。

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れっしゃせんたい・トッキュウジャー










そう書いてある。












飛行機にだ。












飛距離には直接関係が無いので今回は咎めなかった。次の機会に時間を取ってゆっくり教え込もうと思う。



















各人の機体が組み上がり、戦いの火蓋は切って落とされた。




順番はつくし組→さくら組→たんぽぽ組。










晴れ渡った青い空に次々に紙ひこうきが放たれてゆく。



すぐ目の前に墜落する機。

旋回し、マイナス記録を叩き出す機。

ゴムが切れて手動で放たれる機。



思った様に記録が伸びず、泣き出してしまう子もいた。








そうした中、つくし組・さくら組の1位が決定。二組ともかなりの飛距離を叩き出し、園庭には歓声が上がった。

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「次はたんぽぽ組の皆さんです。お父さんとラインに並んで下さい」








抱いていた息子の体が硬くなる。無理も無い、数分後には勝者と敗者が明確に決まっているのだから。











順番を譲り、まずは他のプレイヤーの出来を見る。みんなまずまずの記録だが、突飛した飛距離は出ていない。その時、















風がやんだ。













息子の手を取り、二人で発射台を握る。輪ゴムを切り込みにかけ、後方に引いた。セロテープの補強が効いている。強く引いても紙がヘタらない。



輪ゴムの限界値を指先に感じたその瞬間、僕等はそれを空に放った









列車の名を背負った紙ひこうきは、高く、そして確かに列車の如く真っ直ぐに飛んでいった。 







たんぽぽ組の誰よりも遠くへ。












園長先生から飛行機に書かれた名前が読み上げられ、息子は勝ち名乗りを受けた。1位を掴み取ったのだ。


しかし僕も奴も表情は崩れていない。



そう、我々の目標はクラスの1位ではなくグランドチャンピオンなのだ。












敗者達が固唾を飲んで見守る最終決戦。各クラス1位の三組が横に並んだ。


あの時と状況は同じだ。そう、THE MANZAI 2012の決勝戦。決勝のファイナル三組まで勝ち残った僕は、優勝を目の前にして、そして敗れた。








しかし今日隣にいるのは女芸人を喰らう泥モグラではなく、血を継ぐ息子だ。ここでの敗けは血の敗北を意味する。








園庭を取り囲んだ群衆が足を踏み鳴らす。


つくし組とさくら組の勝者が自慢のマシンを放つ。さすが地獄を勝ち抜いてきた二組だ。かなりの距離を稼ぎ、機体は遥か彼方に着地した。







“これは無理かもしれない”


弱気になってふと息子の顔を覗き込んだ僕は驚きで声を失った。眼が、全て黒眼になっていたのだ。











覚醒








周囲の喧騒にも耳を貸さず、大きな黒眼は一点を見つめている。


宙(ソラ)だ。









『トバソウ』


黒眼の主はそう呟くと僕の手を取り、機体を引いた。僕の手にはほとんど力は入っていない。主の動きに添えているだけの形だ。











シュッ











宙が切り裂かれた音を聞いた。さっきまで握っていた紙ひこうきが手元から消えている。ずっと遠くに小さな白い点が見え、滑るように地面に落ちた。






観衆のどよめきで、その小さな点が僕等のマシンである事が分かった。














色紙で作られたメダルは、形状と色彩が中世ヨーロッパの十字軍を思わせるセンスのいい物だった。

先程までの記憶が無いのだろう。覚醒から戻った息子は、子供らしく一番を喜んでいる。

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僕等は頂点に立ったのだ。

たんぽぽ組、つくし組、さくら組の頂点に。












ハンドマイクを握った園長先生が大会の総評を述べていると、こちらに矛先が向いてきた。



「それでは優勝した一琉君のお父さんに、遠くまで飛ばせる秘訣を聞いてみましょう」












大喜利である。









僕が芸人である事を知っている父兄も多数いると聞いている。空を制した王者が、そして笑いの覇者がどう答えるのか。園内中が静まり返り、耳を傾けた。


















『皆様のご指導とご鞭撻の賜物です』

















いい答えだ。

ボケも突飛過ぎずマイルドで、今日集った大人達の年齢層にも合っている。その刹那、
















そよ風の歌が聞こえた。












正しくは聞こえた気がした。



それだけの静寂だった。元気な100人を超える園児と保護者、先生方が一斉に黙り込んだのだ。










「大変謙虚なお父様です」





園長先生のフォローも虚しく、着地点を失ったジョークはふわりふわりと宙を漂い、青い空へと吸い込まれていった。











それはどのひこうきよりも高く、遠く、静かに。








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