今朝ついったーで夢について


茂木健一郎さんがツイートしていました。



"社会に合わせ、妥協することは大切である。
市場の必要を満たすことは、生きる上で避けられない。
一方で、自分はそもそも何がやりたかったのか、一人ひとりがメッセージを持ってこの世界に入って来ているはずなのだから、
メッセージ・ボードの内容を忘れてはいけない。
自分の本来の夢を上手に思い出すために、
時にはオフの時間を持ちましょう。
周囲に合わせるのが巧みな人、
市場に適応している人ほど、
離れて溶けたバターのひとときを持つ。
すると、身体の芯の方から、
ふつふつと湧いてくる熱いものがあるはずなのです。"

なんだか、
すばらしいつぶやき!
感動!アージュ!

神様が自分たちを作るとき、
一人一人に願いを込めて、
生まれてきたのだな~と自分は思います。
なんといっても
喜びの対象ですから(^^)

本当の自分。

本当の自分は果てしなく遠いような気がしていましたが、
絶望しているときも、苦しいときも、悲しみときも、
怒りで心が焼けそうなときも、
忙しいときも、落ち込んでいるときも、
どんなときも自分の中にあるのだと思いました。

とても近い!そんなところに!

本当の自分は、
神様がいらっしゃるところで、
早く気づいて!とまっていました。

神様のメッセージボードを持って生まれた自分たち。

小さい頃は 神様がいて
不思議に夢を叶えてくれた~♬
松任谷由実です。はい。

こどものように純粋に
強く、神様の願いのかけられた
本当の自分で生きていきたいです。

神様~本然目指して
今日もいっぱい揉みくちゃになりながら、磨いていきますね(。-_-。)
ときにはのんびりもまたよし!

みんな、一人一人が神様のメッセンジャーだなぁ♪(´ε` )

今日は子供の日。

甥っ子にっとってはじめての子供の日。

・・・ということで甥っ子と戯れに姉の家へ!


本当にかわいい。

本当に・・・最強!

本当に!!!君は何者なんだーーー

っというくらいかわいい^^


こんないかわいい甥っ子君。

今日も元気にはしゃいでくれました。


・・・・・・・


先日姉とちょっとしたことでもめもめしていました。

なので

姉の家に行くまでに葛藤していた自分。


原因はホントにささいなこと。


・・・なんですが、

どうしても何かがひっかかる自分。


もめもめするのは良くない!!と思いつつ、

渦巻きながらこみ上げてくる何とも言えない心情に

悩まされていました。


何をそんな意地になっているのか?

・・・なんでかな?


気にすることないじゃん!

カイン的な態度が悪いと思えば

素直に謝ればいいじゃんか!!

そのほうがみんなにこにこだよ。

自分もホントはみんなとニコニコしたいんでしょ。

なんでわざわざ自分から願ってない方を選択しようとするの?


というような声も聞こえつつ、


いや。ぜーーたい姉とは会わない。

会いたくない。

いらいらしてくる。考えたくない。

えーい!!しるもんかーどうとでもなれぇーい!!!


というような声もがんがんとんできます。


おかげで心情はぐるぐるスパイラル。

なんでかな?なんででしょうね神様・・・

この心情は何なんでしょうか?


頭では、理性では、

明らかに自分の態度が悪いということを知っている。


ここで素直にごめんなさいと言えば

誰も怒ってないので丸く収まる。

・・・でもそれができない。

自分の心情にとらわれているんですね。

完全に。


知っている。知っている。

知っているのに転換できない。

苦しい。

とっても困っています。


・・・

ふと、この間マッサージ師さんに言われた話を

思いだしました。


「気というものは良くも悪くもまずは

受け止めるときちんと流れていくんですよ」


受け止める。


自分は

自分のカイン的な心情を切りまっくっていました。

堕落性への嫌悪感。

最近なんだか強烈にたくさん

見たくもない何とも言えない心情が湧いてくるので

あがいていました。

そんな良くない心情に対しての敵意がつよくなっていました。


自分がサムライだとしたら

どんどん現れる敵を倒していくイメージ。

切って切って切りまくる。

それでもどんどん湧いてくる敵!

切る切る切る!!

修羅場なんてもんじゃないですね。

ホント・・・地獄。


・・・

そりゃあどんどんカイン的にもなるはずだぁ。

愛されてないもん。湧いてくる敵は。

そりゃ逆上するでしょ。

自分自身の至らなさに対して愛がありませんでした。


まずは

自分自身に対して愛も持って接すること。


どんな自分でも

受け止めていくこと。

ありのままを愛すること。


愛がなければ、

神様もいることができません。


愛がなければ~

神様も~

おられ~ないのです~♪

なんて感じです。はい。

堕落性だらけの自分でも

そんな自分でも愛してくれている神様がいること。

どんな自分でもずっとずっと探してくれていた

神様がいること。

そんなにまで愛してくれている神様の愛。


神様の愛を信じて、

どんな自分も愛して受け止めたいと思いました。


ありのままで愛してあげる。


自分のカイン的な心情を

否定するのではなく

聞いてあげることにしました。


苦しかったね。とか

痛かったんだよね。とか


そうしていくうちに

なんだか心が温かくなってきて

ちょっと素直になれた自分。


おかげで甥っ子の初節句を祝いにいくことができました。

いやぁホントに良かった。


神様~、いろいろな人を通して

教えてくれてありがとうございます。

アージュ^^