・・・ナオト・インティライミの深イイ話みて

感動しました^^

しかも、姉の中学の同級生だったことにびっくり。

世の中せまいなぁ・・・



ひとりでなんでもできるんだ!

そう思って突っ走るといつかガソリンがなくなって

とまってしまう。

自分の力で何でもできると勘違い。

・・・ある日挫折がやってきます。

ガス欠です。完全に。

若気のいたりってものですね。

へこむ毎日。憂鬱な日々。

自分の時間が止まってしまったような感覚。

・・・このままじゃいけない!!!


そこではじめて自分と向き合う。

世界と向き合っていく。

行動していく。

少しずつ動きはじめていく自分の時間。

その中で自分はひとりでいきていたようで、

ホントはたくさんの人に生かされているという

事実と出会います。

生かされている。


そう心で感じた時、相手への感謝が自然と生まれてくる。

傲慢に自分の力だけで生きている、

ひとりで生きていると思っていると、

感謝もわかない。孤独なだけ。

ひとりでは生きていけないように

世界は作られている。

神様がみんなでために生きあって幸せになるように

この世界は作られました。

だから、助け合うために

ひとりひとりに個性を与えてくださっています。

生かされている。いつも与えられている。

そう思えることに、感謝!

ありがとうございます。

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ガソリンやエネルギーは

投入すればするほどなくなっていきます。

またいつかとまる時がくる。

そのためにも自分に発電機を持つことが

大切だと島田伸介が話していました。


感動すること。良いものを取り入れていくこと。

意識していきたいです^^


世界が怖く見えるとき、

自分は世界と自分との間に氷のような壁をつくります。


傷つくこと、奪われることをひどくおそれるからです。

恐れによってできた壁はそう簡単には崩せません。

崩すことで傷を見るのが怖いのです。


恐れは人を孤立させ、神様の愛から遠ざけていきます。


恐れをこえること。

これほど苦しいこともなく、またこれほどの救いの道はありません。

これを越えない限りは愛を感じることはできない。


神様の愛の世界は自分が恐れによって作った壁の

向こう側にあるからです。


恐れに飛び込むことはいかにしたら

できるのか?

自分の心情ではこえられない。

死ぬほど怖い。死ぬ以上に・・・苦しい。

思いを越えることは自分を殺すしかないことを知っています。


死を覚悟しても飛び込むことができるとしたら

飛び込んだ先に必ず愛や希望、救いといったものが

待っていることを信じることでしか越えられません。


自分はなかなかその先の愛を信じることができず、

一人で苦しい自分の思い抱えていると思っていました。


しかし、祈祷をしていくうちに、

この苦しい思いを神様は共に感じておられていることを知りました。

いや、神様はそれ以上に苦しい思いを抱えていらっしゃいました。


自分が作った壁など、神様には存在しません。

神様はそれを通り抜けて、自分の本当の心情に語りかけてくれました。

早く神様の愛に気付けるように

早くが神様のもとに帰れるように。


必死で必死で。痛切に。


熱い涙が流れてきます。

そのとき、自分自身から恐れが消えていきます。

神様の愛で自分の凍りついた壁が溶けていくのを感じます。


死の苦しみにも飛び込むことができるのは

そこに親の愛があるから。


神様なしでは越えることができない心情を

たくさん抱えてしまっているけど、

そんな自分でも生かして下さる神様。


神様。ありがとうございます。

神様の愛をまだまだ触れるには

こころが硬く、氷のように冷たいものですが

神様の愛によって溶かし、世界を愛していけますように。


少しでも少しでも。アボニム。

それが自分の願いです。

み言を読むと霊的に復興します。
とてもきれいで、温かい平和の世界。
本然の神様の世界。

そんな世界があるということを
原理講論を読んで初めて知ったときの感動は
いまでも忘れられません。

原理を聞いた当初は
堕落論を聞いて良くなっとくしていた自分。

「人間はそんな綺麗なもんじゃない。」

ある種のあきらめの様な物の中で生きながらも、
幸せとは?笑顔になれることとは?
よく悩んでいたような…
(今も悩んでますけど、希望があります)
この世界から見いだしたくて
あきらめたようであきらめきれない自分。

だから、創造原理や神様がいることを
知ったとき
初めて解決の糸口に出会えて
疑いながらも大変嬉しい思いで
いっぱいでした。

自分の性格的に、
こうだ!と思うと突っ走るタイプ。

創造原理‼み言‼
理想を求めるあまり、
すっかり置き去りにしてしまう自分の心。

楽しい、嬉しい、感謝…など
本当に心地よい気持ちであり、
そうでありたいといつも思っています。
それは、良いことてある。
…そう思っているのですが、

黒い思いを拭えないときも
あります。

そんな思いに出会うと
なんとか転換したくて、あがきまくる自分。

祈祷してみたり、み言を読んでみたり…

そうしていくと、
理想を求めすぎて、
黒い思いを許していない自分を発見します。
み言と思いのギャップ。
あまりにも違いすぎるから、
力技で思いを回転させようとしてしまう自分を発見します。

ただねじ曲げただけだから
力を抜くと、元にもどってしまいます。
…それは、苦しい。
自分の力では思いの転換に限界がありました。

苦しいので、
「なぜ、苦しいのでしょうか?」
アボジに祈祷してみると

「愛してあげなさい。
全て受け入れなさい」

という答えをさまざまなことを通して
教えてくれました。

見るに苦しい心情を抱えた自分。
それを拒んでいるのは自分であり、
神様はそんな自分でさえ、
抱き、愛して下さっています。

こんな大事な思いを
忘れてしまいやすい自分に反省です。

愛してくれるひとのように
また、自分を愛してあげること。
思いをまずは認めてあげること。
そこから、本当の意味で
他を愛することができるように
思いました。

信仰当初から
な~んども神様は同じことを
教えてくれてますが…
自分の課題です。反省。

孝進さまのみ言
「隣人を心から愛するひとを見ながら、
自分もあのような人になろうと思って
努力するならば、
理想世界を築くことができるのです。
草根運動のようにです。
私たちはそのように根を下ろして、
成長していくのです。」

コツコツと!頑張りたい!
神様!アージュ(。-_-。)

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