ひらかた京町家のHPの由来の部分を更新しました。

 

ひらかた京町家は、おそらく昭和初期ぐらいまで、枚方宿で米屋・酒屋(現:枚方市三矢町)を営んでいた万庄(よろしょう)の分家が、明治に京都に出した支店として建てられた建物と思われます。

 

枚方宿と万庄(中央の本陣の向かい側左手)

 <中島三佳著:東海道・枚方宿と淀川:P41より> 

 

 

京都の町家は、商売の内容によって、格子のデザインが違うという特徴があります。ひらかた京町家には、米屋や酒屋で使われた米屋格子とよばれる頑丈なタイプのものが使われています。

改装に当たっては、米屋格子のデザインに合わせた網戸を用意していただきました。

 

元・みせの庭入口(現:家人玄関)の格子

(右手の紅殻色の格子と格子戸(ガラス障子)が元からの格子。

左手の白木の格子は、新しく作って貰った網戸です。)

(格子戸の奥は、大戸(とくぐり戸)夜に防犯のために閉めた木戸)

 

 

ひらかた京町家(由来)