地球は二元の星です。

男と女

太陽と月

出逢いと別れ

 

あらゆるものが二つに分かれています。

闇を認識するためには光が必要で、光を認識するためにはまた闇が必要です。

 

相反するものが同じ世界にあると矛盾を生みます。そして矛盾は問題を創り出します。

 

問題に直面すると私たちは反射的に「どうにかしなければ」と思うけれど、そもそも問題の中に矛盾が含まれていることが分かると、解決する意味がなくなります。

 

この星で生きていたら必ず矛盾と出会うので、地球でやるべきことの一つには「矛盾と向き合うこと」が組み込まれているのです。

 

だから今、人生が問題だらけだとしたらそれは上手くいっているのです。何と何が出会って矛盾が起こっているのかを見極めると徐々に背後の仕組みが分かってきます。

 

タオでは相反するものを自分の中でどのように出会わすかが問われます。

 

これは錬金術も同じで、異なるエネルギーが出会う時に新たなカタチが生みだされるのです。「質の異なるエネルギー同士をどのように扱うのか」がタオと錬金術との共通点になります。

 

また、昨今よく話題になる「昭和と令和の違い」がありますが、その中の一つに「組織の利益VS個人の自由」という香ばしいトピックがあります。現代はYouTubeの名コピーに象徴されるように「好きなことで生きていく」土壌ができてきました。個人が自由に活動できる幅が広がったため昭和の時代の価値観が変化したのです。

 

昔は「置かれた場所で咲きなさい」と言われたけれど、今は「咲く場所を選びなさい」と言われ、どこで働くのか、誰と生活するのか、仕事も家庭も自分たちで選べるようになりました。

 

では、このまま個人の力が強まって社会がなくなっていくかといったらそうではありません。社会との関わり方はどんどん変わっていくだろうけど、社会との繋がりは決して切ることはできないのです。個人と社会は切っても切れない関係だからこそ矛盾が生まれるのです。このことは色んな角度から話せるのですが、今回はお金という角度から話を進めていきたいと思います。

 

学生と社会人の大きな違いは立場の違いです。「お金を払う側」から「お金を生み出す側」になるということです。社会に出るということは何かしら価値を提供しないといけません。価値の提供と聞くと重く捉えるかもしれないですが、要は「誰かに喜んでもらって対価をいただくこと」が社会人には求められるのです。

 

陰陽五行でいうと社会に自分を捧げるエネルギーは「金」のエネルギーとなります。一方個人がしたいこと、叶えたいと思っている純粋な願いは「木」のエネルギーとなります。

 

ただここで気を付けないといけないことは、「木」のエネルギーとは

 

・金持ちになりたい
・アイドルになりたい

・尊敬されたい

 

こういった誰かがいないと成立しない願いのことではなくて、自分が主語になって完結する純粋な想いが「木」のエネルギーになります。

 

例えば、「金持ちになりたい」という願いはまだ個人の想いに到達していないのです。この時大切なのはお金を持って何をやりたいのかが重要です。もしかしたら「金持ちになりたい」の背後には「思いついた時にやりたいことができる自分でいたい」という想いが隠れているかもしれない。

 

もしそうだとしたら、「今やりたいと思っていることは何だろう」と深掘っていくのです。そうするとそこには「アイドルになりたい!」という新たな想いがあるかもしれません。そうしたら今度はなぜアイドルになりたいと思っているのかを深堀っていきます。

 

そして、その答えが「人気者になりたいから」だったとしたら、次は人気者になってどうしたいのか」と自分に問うてみる。人気者になって私は何を味わいたいのか。喝采を浴びることで何を得れるのか。影響力を得て何をしたいのか。

 

「認められたい」→「認められて何がしたいのか」→「安心して自分の表現をしたい」→「自分の表現とは何か。何をしている時に安心するのか」→「お風呂で気分よく歌っている時」→「気分が良い時はいつも安心しているか」→そうだ!私はお風呂に入って歌っている時の様に毎日気分よく過ごしたいんだ!と気づけば、これが自分の底にある本当の願いです。

 

ここまでいけばあとは何をしたら気分が良くなるかを考えていけば良いのです。このような形で、他者がいなくても行動できることが見つかるぐらいまで掘り下げて、自分が本当に願っていることを明確にすると「木」のエネルギーが分かります。

 

ただ、この「個人」と「社会」という関係にはエネルギー構造上矛盾が生じます。

 

だからつい、社会を敵にして“個人だけ”大事にしようと思いますが、学校を卒業したら社会人になったように、社会に入ることは避けられないことです。もちろん一時的に休んだりはできますが、山奥に住んでいる仙人のような存在でさえ集合意識と共にあります。

 

自分が「やりたいこと」と、向こうから「やってくるもの」が必ずあるのです。これは「だから求められていることをやりましょう」という単純な話ではなくて、個人も社会も両方とも大事という話です。

 

この矛盾の中でハートと出会っていくことが人の世で磨かれていく部分です。

 

自分が感じるがままに生きていくことはとても大事で、そこから始めないと何のために生きているかを見失います。感じるまま、思いのまま生きていくことの「感じたこと」や「想い」の部分をみつけたら、今度はそれを持って社会とつながっていくこと。縦のエネルギーと横のエネルギーを交差させるのです。

 

社会に入れば合わない人、できないこと、上手くいかない状況が必ず現れます。個人だけでは味わえなかった時間を味わうことになります。他人がいることで自分だけでは生み出せない刺激が入るのです。そして、その刺激が私たちを進化させます。

 

進化した存在が一人そこにいるだけで周りも引きあがります。人間とは人と人との間で磨かれるから「人間」と呼ぶんですね。そして人の世だけを過ごしていたのでは今度はドラマに巻き込まれたままで終わってしまいます。

 

「今」という時間と、「ここ」という空間を超えた部分とも出会って、道を進んでいくこと。そして天との関係もまた大事なのです。

 

今日一日自分はどうだったのか、そして今どうなのか。自分が今日一日とても良い日だったなと思えたらならその日はそれで完結です。仕事ひとつとってもその仕事とどう関わるのか、自分が納得できていたらそれで完結なのです。

 

個人と社会

天と地

 

相反するエネルギーを自分の中で出会わせるとアルケミーが起こりますよ。

 

では!