今日は今まで死ぬほどこすられたであろう「自由と責任」というテーマでブログを書いていこうと思います。
この国に生きていると「自由には責任がつきものです」という言葉を偉い人から送られた経験が誰しもあるのではないでしょうか。
しかし若い頃というのは、自由は嬉しいもの、責任は重たいもの、そんな印象が先立ち、この言葉がなかなか身体に染みわたっていかないものです。
また自由という言葉の定義も「好きなことを好きなだけできること」「我慢がないこと」「誰にも縛られないこと」だと思いがちで、これは自由というより無秩序に近い状態なのかもしれません。
どうやら私たちは何でも許される環境では、かえって自分の気持ちを定めていくことが難しくなるようです。
自分が「こうしたい」という強い想いや願いが生まれる背景というのは、実は制限や不足があるからこそ生まれることが多いのです。
不自由さがあるからこそ、理想がはっきりし、そこから脱出しようと私たちは前に進もうとします。
では本当の自由とは何か。それは、「自分の想いに基づいて人生を選ぶこと」だと私は思います。
自分の内側から湧き上がる想いに従って選択すること。その時人は、多少の努力や我慢があっても、それを不自由とは感じません。
例えば就職。
情熱のままやりたいことを仕事にする人、安定や環境を重視して仕事場を選ぶ人、様々だと思います。
ただ「私はこの場所で働く」と自分で決めたなら、そのための苦労はやはり自由の中に含まれるのです。しかし「一流企業に入れなければならない」など社会から刷り込まれた「こうあるべきだ」という価値観で動くなら、同じ行動でもそれは不自由になります。
安定した職場を選ぶことも、自分の情熱に従った仕事を選ぶことも自由です。大切なのは何を選んだかではなく、「自分が選んだ」と言えるかどうかです。
うまくいかなかった時に、環境や他人のせいにし自分を被害者におけば楽かもしれません。しかしその瞬間、自分の自由も手放してしまうことになります。
「私はこれを選んだ」と引き受けること。そこから本当の自由が始まります。
責任とは、自分の選択の結果を自分で受け止めることです。それは重たいことのようでいて、実は人生の主導権を自分に取り戻す、とても力強い姿勢です。
そして私は、自分の選択を肯定する方法として「感謝」をおすすめします。
環境や人、出来事の中に感謝を感じ取れるようになると、自分が選択した道を自分自身で意味あるものへと変容させていくことができるのです。
その積み重ねがより自由なモノの見方と、自分らしい幸せへと繋がっていきます。
そのとき初めて、自由は本当の意味であなたのものになるでしょう。
