あーやです。

「素晴らしい世界」には
素晴らしい直太朗くんがいた。

「生きてることが」と歌い始めた彼の
私にとっての久しぶりの生声は
脳内で生き続けていた
森山直太朗の歌声の、数段上の階にいた。

コンサートはある意味
第一声を聴きにくるのだ。
その一瞬のために、心の耳を澄ますのだ。

お客様の眼差しを見て感じたのは
彼らにとって、森山直太朗の音楽は
心の家なのだということ。
ここに来れば、なんだかずっと寂しくない。

彼が発する音楽は唯一無二であり
何が飛び出すか分からないドキドキ感もあれば
ずっと前から知っていたかのような
不思議な気持ちになる。

例えて言うならば
旬な思い出、やわらかな歯ごたえ
カラフルなセピア色・・・って感じだろうか。


コンサートの最後に
アニバーサリーツアーのタイトルにもなった
「素晴らしい世界」を歌い上げた後
彼は膝から崩れ、両国国技館の真ん中に
ぺたんと座り込んだ。

小さい小さい、幼い頃の直太朗くんに
会った気がした。

この20年、彼が
どんな思いで音楽と向き合ってきたかを思うと
胸がギュッとなった。

苦しいことや悔しいことを飲み込んで
悲しみも歌に変えてきたのだろうか。

デビューの頃から知り合いであることや
私自身が20周年を迎えたからこその共通点を
いつのまにか探していた。

しかし、デビュー前から
きっと歌っていたであろう彼は
私よりも、もっと長い間
歌と向き合い、表現者として舞台いたはずなので
私にとってはもちろん
音楽の兄のような存在でもある。

それだけじゃない。
彼の、生まれてから今までの
人生の旅路に目が離せなかった。

大舞台に座り込んだこの少年が
“素晴らしい世界”を見つけるために
どれだけの思いで旅をしてきたのかを想った。

素晴らしい世界で
素晴らしいパパとママの血を受け継いだ彼は
自ら進化し素晴らしい音楽を
この世界に届けてくれているのだ。

彼こそが“素晴らしい世界”そのもの。

これからも輝き続け、幸せであることを祈った。


直太朗くんのパパは最近、天国に引っ越した。
「papa」という新曲を聴いて
こんなふうに、父のことを話していいのだと
これからも、父のことを歌っていいのだと
少し違う部分で勇気づけられた。


そういえば、開演前に私は
「今、国技館に来てます」と直太朗くんの
お母様に連絡。

どうやらお母様は、南こうせつさんと
地方でコンサートだったそうだ。
お母様からは
「直太朗さんに宜しくお伝えくださいまし」
と、伝言をことづかった。

息子さんには、終演後に会えたので
ちゃんと伝えておきましたよ、良子さん!