お久しぶりすぎてびっくり。
ある気付きがあってすんごく書きたくなったので書いてみる。
飲み会の時にお酒を注ぐのが苦手だったことをふと思い出す…
空いてるグラスには気付く、だけど注ぐっていう行動がとっても重くてできない。何かやりたくないの。相手が嫌いだからとかではなく。
そしてたまに注いでみるけど、続けて注ぐことはしなかったりする自分にモヤモヤしたり。
それでね、ふと、何で私はこの行動が苦手なんだろう??って思ったの。
その行動を考えたら、すごく重い感じがして
注いだ瞬間に、
“気が利く人” “周りを見れる人” “ちゃんとする人”
という役割が始まる感覚があって、 無意識に重くなっていたことに気付く。
だから、 気付いているのに動けなかったり、 一回やったのに次はやらなかったりして、 内側がざわざわしていた。
でも今日気付いた。
私は、 「注ぐ」という行動に、 たくさんの意味を背負わせていたんだ。
本当は、
ただ注いでるだけ。
そこに、 “これからもやります” という契約はないし、
“気が利く人格になります” という意味もない。
やってもいい。 やらなくてもいい。
その時そうしただけ。
私は、 行動をしていただけで、 役割にならなくていい。
ただ注ぐっていう行動なだけなのに、無意識に色んな役割を背負おうとしてなんて、そんな概念はもういらないから捨てていこう。
気付いてすっきりーーー!!!
きっと他にも役割くっつけて重たくなってることありそうだ。
そんな気付き![]()
楽しい〜✨️