最寄りの京王線百草園駅からは徒歩5分。やや上り坂にはなりますが、駅からのアクセスは良好です。

 

開基は弘意僧都で、1036年(長元9年)3月3日入寂との記録が残されているため、長和年間(1012年~1016年)あるいはそれ以前の創建と考えられています。

 

お寺のある多摩川と浅川の合流地点下流の落川地区には、遺跡の状況などから、奈良時代から平安時代にかけて一大集落があったと想定されています。

 

その後、安土桃山時代の天正年間(1573年~1592年)に法印善意により中興されました。

 

本尊の大日如来像は、1696年(元禄9年)に作られました。1921年(大正10年)の火災の際、この大日如来と山門以外、堂宇、仏像、古文書などすべて消失してしまいました。

1702年(元禄15年)に建立された山門(薬医門)は、1973年(昭和48年)から解体修復が行われ、今でも当時の姿を見ることができます。

本堂の左手にある観音堂は、1986年(昭和61年)の再建です。元々、山門の左手山腹にありましたが、明治30年ごろ、この地域に赤痢が流行し、その患者を観音堂に収容したため、流行の終息後、取り壊し焼却したそうです。その観音堂に安置されていた聖観音銅像は本堂に移されていましたが、1921年(大正10年)の火事で焼失し、現在の観音像は1922年(大正11年)に開眼されました。観音堂は1759年(宝暦9年)から始まった武相三十三観音の第八番の霊場として、12年に1回、卯年に開扉されています。境内には1794年(寛政6年)建立の「武相八番、子安観音」と刻まれた石碑があり、真照寺の観音が安産、子育観音として広く信仰されていたことが窺われます。

境内には日野わかくさ幼稚園が1968年(昭和43年)に建てられました。この敷地は1876年(明治9年)から落川、百草、一ノ宮方面までの子どもたちが学んだ昭景小学校がおかれ、その後、1909年(明治42年)には潤徳小学校の落川分校となり、1966年(昭和41年)3月の廃校まで、落川、百草地区の小学校初期教育の中心となっていました。

本堂横手の墓所には源義経の重臣で四天王の一人といわれ、歌舞伎「義経千本桜」で有名な佐藤忠信(1161年~1186年)の墓所があります。

 

日野七福神の恵比寿天も奉られています。

 

 

御本尊御朱印

 

恵比寿天御朱印

2018年(平成30年)1月6日拝受


清谷山 蓮華院 真照寺(しんしょうじ)
宗旨:真言宗智山派

本尊:大日如来
所在地:東京都日野市落川1113

アクセス:百草園駅(京王線)徒歩5分