ドナルド・クローハーストはヨット用機器の製造・販売を始めましたが、商売は早々に行き詰まります。そんな時、ンデー・タイムズ・ゴールデン・グローブ・レースの開催が発表されます。ドナルドは、レースで優勝すれば、ヨットによる単独無寄港世界一周航海を史上初めて達成した人物という栄誉を得られ、ビジネスの起爆剤にもなり、妻や子どもたちへの最高のプレゼントにもなると確信し、参加を決意します。広報担当にジャーナリストのロドニー・ホールワースを起用するなど、ドナルドは戦略的に事を進めていきますが、準備時間が不足していたこともあって、ヨットを完璧に仕上げることができませんでした。航海に出たドナルドは、案の定、ヨットの不具合に苦しめられることになります。ヨットの建造費を借金で賄っており、レースをリタイアすればドナルドは破産するしかありません。窮地に陥ったドナルドは航海日誌を偽造して世界一周を達成したことにしてしようと思いつきます。最後尾でゴールすれば、航海日誌を精査されることもなく、誤魔化せるだろうと考えたのですが...。

 

ドナルド・クローハーストは、1968年にヨットでの単独無寄港世界一周レースに参加した実在のビジネスマンで、当時の実話をもとにした作品となっています。

 

まず、こんなことが実際に起きていたという事実に驚かされました。様々な通信機器が発達し、GPSなども普通に使われている現在では考えられないことですが、本作の物語の時代、もし、ドナルドが注目を浴びる状況にならなければ(彼が意図した最後尾でのゴールになれば)、誤魔化すこともできたのでしょうけれど...。

 

ちょっとしたことから、見栄を張ったり、大言壮語して、周囲も巻き込んで引くに引けなくなり、無駄に意地を張り、嘘もつき、やがて身を破滅させてしまう...。

 

それが、大きな目標である程、関わる人も多くなり、引き返すことが難しくなります。周囲のこと、自身のプライドを考えれば、どんどん追い込まれて行ってしまいます。何だか人の好さそうなドナルドだからこそ、周囲の思惑に引き摺られ、泥沼にハマってしまったのかもしれません。

 

そんな中、妻のクレアの揺るがない強さが際立ちます。せめて、ドナルドがクレアの強さに縋る勇気を持てていたら、全く違った結末に行きつけたのでしょう。けれど、ドナルドは、撤退という勇断を下すにはあまりに人がよすぎたのかもしれません。どうしても、彼の言葉を信じた人、彼の夢を支え、彼に期待を寄せる人たちに背を向けるようなことができなかったのでしょう。

 

これ程の規模のことにならないまでも、似たような状況は珍しいものではありません。ちょっとした見栄から想定外の方向に話が膨らみ、コトが大きくなり、引くべきところが引けなくなってしまう。ドナルドのように命を懸けるレベルにならずとも、最終的には周囲の顰蹙をかい、頭を下げて歩かざるを得ない、あるいは、逃げ出さざるを得ない事態に追い込まれることもあるかもしれません。

 

正直、ドナルドのあまりの無謀さには同情する気も起きないのですが、元はと言えば賞金を手に入れて家族に楽をさせたいとの思いからのこと。それにしても...とも思いますが、"引き返す勇気"について考えさせられました。

 

ドナルドを演じたコリン・ファース、クレアを演じたレイチェル・ワイズ、ともに流石の演技で見応えありました。