ある日、飛行機が墜落し、多くの犠牲者がでますが、奇跡的、一人生き残り、病院に運ばれます。看護師でエホバの証人の信者であるジュリーはその患j者に特別な興味を寄せるようになり、細心のケアをします。ジュリーの婚約者、エティエンヌは白血病で、輸血で症状を改善できる可能性が高かったのですが、血が穢れるとして輸血を許さないエホバの証人の教えを大切にする彼 は、頑なに治療を拒みます。ベネズエラから帰国したサイモンは、麻薬入りのカプセルを飲み込み麻薬の密輸で大金を手に入れようとしていました。空港に到着し、組織のメンバーと落ち合い、ホテルに向かった彼は、ホテルの部屋の中で60個のカプセルを排泄して取り出そうとします。ギャンブル依存のマーティンとアルコール依存のエベリンの夫婦は、毎年、必ず新婚旅行先だったキューバで休暇を過ごすことにしていて、その日も、飛行機に乗ろうとしていました。マーティンからその話を聞いたカジノの従業員、レイモンドは、不倫関係にある同僚のリーゼをキューバに連れて行こうとして...。



以下、ネタバレしています。







時間が前後するのですが、飛行機事故を軸にしながら考えると個々の場面の時間軸が整理しやすく、ストーリーが追いやすいよう構成が工夫されています。事故で死んだレイモンドとリーゼが登場する場面は、全て事故前。サイモンが元気で登場する場面も事故前。マーティンとエベリンが電話で遣り取りする場面も事故前。エベリンは飛行機に乗らないことをマーティンに宣言して1人、空港を後にし、その後、マーティンも飛行機に乗らず引き返します。これも、もちろん、事故前。ジュリーの勤務する病院に重傷を負ったサイモンが運ばれた後の物語は、事故後。ジュリーとサイモンの物語は、事故前から事故後に続いています。

サイモンが運び屋をしていることについては、少々、分かりにくいかもしれませんが、サイモンを待ち受けていた人物との遣り取りなどから犯罪がらみであることは明白ですし、サイモンが体内に隠し持っていたものが価値のあるものであることも分かります。で、警察官登場の場面もあるので、そこを繋げばなにがどうなっているのか見えてきます。

エティエンヌは、命を賭けても神の教え(と信じていること)に従うべきか否か、
ジュリーは、教えに背いても患者の治療のために自分の血を輸血するべきか否か、
マーティンは、ギャンブルを続けるかどうか、
エベリンは、酒をやめるかどうか、マーティンとキューバに行くかどうか、
サイモンの兄は、サイモンに海外に渡るための便宜を図るかどうか、
レイモンドとリーゼはそれぞれの配偶者との生活か不倫相手との人生か、飛行機搭乗をやめるか否か、

それぞれ、何らかの決断、選択に迫られています。サイモンについては、本作で描かれるより前の段階で、姪に渡す大金を手に入れるために麻薬の運び屋するという選択をしています。そして、その決断が、何らかの形で誰かの運命に影響を与えます。

ジュリーとエティエンヌがエホバの証人の信者であることも関係して、宗教的な色合いが濃くなっています。神の存在や神の意思を問うような場面もあり、神について考えさせられます。「全知全能の神がいるなら飛行機事故は起きない」という意味のセリフが繰り返し出てきますが、神が善なる存在で絶対的な力を持つなら、何故、善き人の上にも悲劇がもたらされるのか...。完全なる善である絶対的な唯一神を信じる宗教において、この世に悪が存在することの理由を説明することは難しいことでしょう。悪をなくす力を持っているにもかかわらず信仰篤き者の上にも不幸をもたらそうとする神の意図は何なのか、それを真摯に考え、自らの進むべき道を考えることこそが神を信じるということなのかもしれません。

ジュリーの決断とエティエンヌの決断。ジュリーが輸血せずに同じ結末を迎えたとしたら、ジュリーは輸血をしなかったことを一生後悔するかもしれません。少なくとも、ジュリーの決断は、その後悔からジュリーを救ったのではないかと思います。エティエンヌの決断も、彼の信じる世界がこの先も揺るがないのだとしたら、"ジュリーの誘惑に負けず信仰を貫いた"彼に幸福をもたらすのでしょうし、信仰が揺らぐのであれば、ジュリーの助言に耳を貸さなかった自身の決意を後悔することになるのでしょう。

何が幸せで、何が不幸なのか、安易に決められることではありませんし、周囲が判断できることでもありません。自分自身でさえ、本当のところは分からないのかもしれません。事故を起こすことになる飛行機に乗るかどうか、その分かれ目も、ホンのちょっとしたことだったりします。ある部分だけを捉えれば、飛行機事故は天罰だったのかもしれませんし、ある部分だけを捉えれば理不尽な悲劇ということになるのでしょう。

神が存在するかどうか、何が善きことなのか悪しきことなのか、誰もが納得できる明快な解がないからこそ、人は悩み考え、世の中を深く理解するようになり、本当の喜びや幸せを知るようになるのかもしれません。

何か大きなことが起こったり、バラバラな登場人物たちが一気に繋がったりする気配を覗かせながら、あまり派手な展開になることなく終わってしまうので、ちょっと肩透かしな感じは否めませんが、それでも、ズシリと胸に響くものがある重厚な作品でした。見応えあります。独特な雰囲気があり、好き嫌いが分かれる作品かもしれませんが、観て良かったと思います。





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