もう、30年以上も前になりますが、アメリカで長期に入院したことがあります。原因は肺炎でしたが、高熱が長く続き、相当に危ない状態にもなったそうです。当時は、まだ、現在のアメリカにある保険制度もありませんでした。医療費が高いため、普通のアメリカ人が、長期に入院することなどまずなく、手術をしてもすぐ退院し、抜糸は通院でという人も多かったそうです。そんな中で、特に金持ちでもない家に育っていた私が十分な医療を受けられたのは何故か?父が日本の企業からの駐在員で、父の会社の健保組合が、日本で同等の医療を受ける時と同等の個人負担分以外を保障してくれたからです。


けれど、もし、普通のアメリカ人家庭に生まれ育っていたら、そうした医療は受けられなかったかも知れません。そこに、アメリカの医療保障制度の問題があります。


毎度お騒がせのマイケル・ムーアが、今度は、そんなアメリカの医療保険にメスを入れます。


アメリカの医療保険の危機的な状況が描かれます。4700万人の無保険の市民たちはもちろん、保険料を律儀に支払っている保険加入者たちでさえも、イザというときに、必要な医療を受けられないシステムができてしまっているのです。そのため、医療保険に加入していながら、病気の治療を受けたために破産したり、医療費のために高齢になっても長時間の労働を続けなければならなかったり...。カナダ、イギリス、フランスといった無料で医療を受けられる国々でのリポートも織り込みながら、アメリカの問題を浮き彫りにしていきます。また、ムーアは、かつて、9.11事件の英雄となった人々を終結させます。彼らは、事件の後の救出活動などを行った際に受けた健康被害に苦しんでいますが、アメリカにおいては、医学的な治療を受けることができません。そこで、ムーアは、一計を案じ...。


上手くできているという気がします。自分の主張について納得させるための映像を作り上げていく手腕には迫力があります。特に、最後のほうで、9.11の際に、ボランティアとして救助に参加した救急士たちに医療を受けさせるため、ムーアが行動を起こす場面。最終的に、彼らを救うのが、アメリカにとっての長年の宿敵であるキューバの医療制度だというところ。何とも皮肉が効いていて見事です。


まぁ、マイケル・ムーアの主張の仕方自体は、とてもアメリカスタイルだという気もしますが...。


"アメリカン・ドリーム"という言葉が象徴する光の部分が強いだけに、闇も深い国、アメリカ。本作もその闇の部分を抉っています。アメリカには、世界最高水準の医療があるにも拘らず、肝心のアメリカ国民の大部分が、それを享受できない。その大きな矛盾。


そして、恐ろしいことに、本作を見て"馬鹿なアメリカ人"を笑うだけでは済まされないこと。日本でも、医療費抑制が目標に掲げられ、保険制度の"見直し"が進められた結果、医療現場は疲弊し、患者の負担も大きくなってきています。徐々に、貧しい者は基本的な医療を受けることさえ難しくなるような方向に向っています。


国民皆保険を支えてきた国民健康保険の制度は、自治体によっては、破綻しかけています。すでに、住む場所による受けられる医療の質の格差、利用できる医療費負担の軽減措置の格差も広がってきています。例えば、子どもの医療。東京23区の多くでは、中学3年までの子どもは、基本的に、無料で受診することができますが、他の自治体の多くでは、もっと小さな子どもだけが対象だったり、所得制限があったりで、これほど、手厚い制度は利用できないでしょう。


住む場所により、経済力により、どんどん格差がついていく。本当にそれでいいのか?もちろん、格差がつく部分があってもいいでしょう。けれど、食べる、住む、着る、健康を維持するということについて最低限のものが保障されていない社会は、人々に不安を抱かせ、人々の希望を奪ってしまうのでしょう。


生まれや経済力、運などに関わらず、基本的な安心感が得られる社会であって欲しいものだと思います。そうした社会を築くために、本作から学べることは多いのだと思います。




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シッコ@映画生活