東映
バルトの楽園
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バルトの楽園 特別限定版 (初回限定生産)


「第九」と言えば、それは、すなわち「ベートーヴェンの交響曲第九番"合唱付き"」のことであり、日本の年の瀬の風物詩ともなっている有名な曲です。


その第九の日本での初演と言われているドイツ人捕虜による収容所での演奏会が開かれるまでを描いた作品です。ただ、基本的なストーリーは実話を元に組み立てられているものの、事実とは変更されている部分もかなりあるようで、松江所長の生い立ち、日本の捕虜収容所における捕虜の待遇、ドイツ人捕虜たちのキャラクターなど実話とは、随分、印象の違う仕上がりになっていました。


収容所の所長である松江の過去のエピソードや、何人かの捕虜の個人的なエピソードも織り込まれながらストーリーは進んでいくのですが、それぞれのエピソードの描き方が、中途半端になってしまっていて、そのために、それぞれに関わる人物像が曖昧なままになってしまっているのは何とも残念でした。


ドイツ人捕虜の中には、その後も日本に留まった人もいたのは、本作で描かれているエピソード通り。約170人の捕虜が日本に残り、肉屋、酪農関係、パン屋、レストランなどを開いたそうです。有名なところでは、ユーハイムやローマイヤーなどが元ドイツ人捕虜により創立されています。その辺りも、少々、描き方が浅すぎた感じがしました。


全体的に、掘り下げ方が足りず、背景がよくわからないエピソードが無意味に並べられた挙句、何となく最後の演奏会に辿りついたような感じになってしまい、消化不良な感じがしました。もう少し、取り上げる人物を絞って各々を丁寧に描く方が、作品としての味わいは出たような気がします。


本作で取り上げられている日本での第九の初演は、1918年6月1日(つまり、ドイツが降伏する1918年11月より前。本作では、ドイツが降伏し、1919年6月28日のヴェルサイユ条約調印後に送還が決定したその後という設定になっています。)で、日本人の演奏家による第九の初演は、第四楽章のみの演奏が1924年1月26日で、全曲の演奏が1924年11月29日、プロによる初演が1927年5月3日だそうです。そして、年末に頻繁に第九の演奏会が開かれるようになったのは、1940年代後半から。その後、1960年代以降は、演奏会の回数が急増しているとの事です。ですから、本作の演奏が、その後の日本人を第九好きにする直接の要因になったというわけではないのですよね...。


本作の演奏シーンで、観客はかなりノリノリでしたが、当時の一般的な日本人が、初めてあの曲を聴いて、そんなにノリノリになれたものなのか、疑問は残ります。今の私たちは、普通に生活していれば、歌詞のおおよその意味などもわかっているし、ベートーヴェンについての基礎的な知識も持っているわけです。確かに、今の私たちにとっては、感動できる演奏会だったとしても、当時の人たちにとって、どうだったのか?


ただ、それでも、最後の演奏会は、ウルウルしてしまいました。やっぱり、凄い。ベートーヴェンは天才だと改めてその才能の凄さを実感させられました。映画の出来がどうこうというより、この音楽を持ってこられたら、それだけで、ある程度は、納得させられてしまう、そんな迫力を感じます。


十分な楽器もなく、女声パートもなく、(恐らく)きちんと第九を演奏するために必要なレベルの演奏者の確保もままならない中での手作りの演奏。その後のエンディングにカラヤンを持ってきてはいけません。折角の演奏会の感動が台無しです。エンディングは、「いかにも、素人が大半であったであろう捕虜たちによる不完全な形の演奏会」という味わいを最大限に出して欲しかったと思います。


収容されていたのは、民間からの志願兵が多く、楽器職人などもいたようです。けれど、第九というのは、ヨーロッパでもそう頻繁に演奏をされることのなかった大曲。それなりに高い評価を受けていた収容所内のオーケストラにとっても、難易度の高い曲であったとは思います。その辺りの大変さとかが上手く織り込まれていると、演奏にかけた彼らの心意気やその演奏を聴く者たちの想いといったものが、もっと実感できたような気がします。


折角の出演陣と素材の魅力を活かせておらず、残念でした。



バルトの楽園@映画生活