冬のクリスマスが近づいたロサンゼルス。ロス市警の黒人刑事グラハムと同僚で恋人のリアは交通事故に巻き込まれます。グラハムは、その事故現場の脇で発見された若者の死体の捜査現場を目にします。そこから、時は36時間遡り...。


貧しい黒人、裕福な黒人、メキシコ人、中国人、イラク人と間違われるペルシャ人...。様々な人種の様々な立場の人々が登場します。登場人物が多く、最初は、混乱しがちですが、徐々に、あちこちに散りばめられた伏線が一つの流れを作っていきます。


大都会の片隅で生きる人々。誰もが、完全なる善人でも、全くの悪人でもありません。皆、良きものと悪しきものをその内面の中に併せ持っているのです。人種差別主義者の警官は老いた父を優しく介護する優しい息子だし、白人社会の中で頭角を現したTVディレクターは侮辱される妻を守れず、人種差別に苛立ち犯罪を繰り返す黒人青年は身売りされそうになったアジア系の少女たちを解放し...。


大都会で孤独に生きながら、誰かと繋がりたい気持ちも捨てられず、得られない愛情に悩んだりもする。そんな人たちが、ぶつかり合い、反発し合いながらも、他人との関わりを求め、時には、誰かと繋がりあうといった大都会の日常が描かれています。

多くの孤独や絶望が描かれながらも、奇跡ともいえるような輝かしい瞬間も描かれ、不思議な暖かさと希望に包まれた作品となっています。


ラストで降る雪は、まさに希望を表しているようです。冷たいものなのに、何故かほんわかとした柔らかさと暖かさえ感じさせられる雪が、様々な表情を持つ街を優しく包んでいきます。


この作品の登場人物の何人かは、自身が体験した”衝突”から何かを学びます。そのことが、やがて、社会を救うのでしょうか?それが、困難な途だとはわかっていても、人は希望を持たずにはいられない、希望を持たずに生きていくことは難しい...。一見、殺伐とて見える大都会で生きていくのも悪くない、そんな風に思える作品でした。


アカデミー賞にノミネートされているということですが、単純明快な勧善懲悪ものが受けるアメリカで、こうした人間社会の複雑さを描いた作品が評価されるとしたら、とても、嬉しいことだと思います。




[以下、ネタバレあり]








イラク人と間違えられ差別を受けるペルシャ人店主ファハドと鍵屋のダニエルのエピソードが特に印象的でした。ペルシャ人店主は英語が十分に理解できず、そのために、様々な場面でコミュニケーションエラーが起こります。拳銃を買いに行けば、遣り取りが上手くいかず、英語ができる娘が間に入って何とか拳銃を買うことはできますが、拳銃や弾に知識のない娘が買ったのは、拳銃と「赤い箱に入った弾」でした。


ダニエルは、ファハドの店の鍵の取替えを依頼されます。そして、ドアの老朽化を指摘し、鍵を変えてもドアを取り替えないと意味がないと忠告するのですが、ファハドは、ダニエルが自分を騙そうとしているものと思い込み、耳を貸そうとしません。その日の晩、ファハドの店は強盗に入られます。ダニエルを逆恨みしたファハドは、拳銃を手にダニエルの家へ向かい、ダニエルの帰りを待ちます。やがて、帰ってきたダニエルに拳銃を向けますが、そこにダニエルの娘が飛び出してきます。その瞬間、銃声が鳴り響きます。


ところが、ダニエルの娘、ララは無傷、全く無事でした。そのことは、娘に「見えないマント」を着せ、娘の行動の一因を作ったダニエルも、そして、人を殺さずにすんだファハドのことをも救います。一瞬、奇跡が起きたかと観客も驚かされるのですが、その後、あまりに現実的な種明かしがされます。そう、弾の入っていた赤い箱には「空砲」という表示があったのです...。この辺りの描写の上手さには唸らされました。


遣り取りが上手くいかず、拳銃と空砲を買わされたファハドですが、そのことが、結局、彼を最悪の事態から救い出すことになります。「禍福は糾える縄の如し」といったところでしょうか。


人生の複雑さに苦しみながら、喜びを見出しながら生きる人々の現実に暖かな視線が注がれていることが、この作品に希望を与えているのかもしれません。


人種差別の横行するロス市警の中で、黒人でありながら、それなりに評価を得ているらしきグラハム刑事の弟は、何度も事件を起こしています。その弟を愛し、グラハムを疎んじる母親。グラハムに、いつか、母の心が開かれる時が来るのか...?


この作品の中で、すべてが解決されたわけではなく、積み残された問題もいくつかあります。そうした問題を抱えながら大都会を生きる人への視線が暖かかったです。





公式HP

http://www.crash-movie.jp/


クラッシュ@映画生活