hippoのカナダ生活 -3ページ目

IELTS受験してきましたょ。



IELTSの英語テストに行ってきました。ほとんどの人は知らない、必要ないテストなのであんまり意味ないかもしれませんが、書いてみます。
カナダ移民書類提出の時にこの英語のテスト結果を送らなくてはいけません。結果がポイントになります。他イギリスやオーストラリア等の大学進学者の為のテストでもあります。ひっぽの住んでいる所はこのテスト、年1回しか受けられず又受けようかと思ったら大阪や東京に行かなければなりません。巷では今後toeicよりもieltsの人気が高くなるだろうといわれていますが、受験料が高くて(25000円くらい)しんどい。テストは留学生等用と移民したい人等用にわかれて比較的移民者用の方が簡単です。

 1週間バイトを休み、前日は会場近くのホテルに泊まり(朝早いため)勉強しました。多分、カナダにいた頃よりも勉強したと思います。IELTS協会のテキストをやりこんで模擬テストでも結構いい得点がとれたので、少し鷹をくくっていました。
 朝8時半に受付開始、受験生のほとんどは留学用の難しい方を受験、移民用の人はひっぽを入れて2人でした。

 感想は(移民者用)
リスニングー 日常の問題点だとか健康やらの問題。学校に入りたいか何かの申し込みの会話など。簡単なのが1task,後は難しかった。やはりイギリス英語発音。
リーディングー 一番簡単な分野だった。どっかの学校の案内パンフレットとか、世界の山について?とか。しかし、一番苦手な「trueかfalseかnot givenを選べ」が多くて困った。一般常識が備わっていれば勘で解ける所もあり。
ライティングー抗議の手紙と核家族とwhole家族は子供にとってどっちがいい?のエッセイ。
スピーキングー話すのも重要だが、試験官(イギリス人?)のいっている事を理解しているかも重要。全て録音される。最初は自分の仕事について。何してるのかとか好きな事についてだとか。後は老人について今の世の中そういう扱い?みたいなのを話す。1分考えてメモを取り、話す。

おおざっぱでこんな感じでした。リスニングは留学生用と移民用共通です。助かった?ところは答えに迷った時にテープが答えらしき事を喋るとみんな一斉にガリガリと書き始めるもんだから、「あぁ、多分今喋った所が答えなんだ」と思ったところがいくつかあった(笑)あと、問題用紙も名前を書いて回収されます。
 んで、やはり時間との勝負と緊張との戦いでした。スピーキングに関しては英会話学校で同じ様な事を何回もしているはずなのにど緊張して普段言える事が言えなかったり。録音を停止したと同時に緊張がとけてここぞとばかりに「もう、昨日眠れなかったよー」とか「緊張したー」とかしゃべりまくりましたが、意味なし。結果テキストよりも数倍難しく思えて惨敗気分でした。

 そんなこんなで終了して挫折感を味わいつつ帰宅。12時間眠り続けました。こうやって挫折感を味わう度にまた成長してゆくのかな??次うけるのは5月以降、大阪か東京へ。25000円?の価値も考えてもっと勉強しようと思わせるいい機会でした。英会話の宿題ももっと真面目に取り組みます、と誓ってみます。。
 成績は2~3週間後に送られてきます。弁護士にそれを知らせるのがとてつもなく恐ろしい。。。。

マイペース

はろ
↑ファームでハロウィン。みんなでつくったかぼちゃのランプ?

カナダ移民が大幅に延期になりつつあって、自暴自棄な日々が続いておりました。別に外国人と結婚したいという訳でもなく、日本でずっと生活した方が、家族や大好きな姉や友達の近くで安定した人生を送る事が出来るのは確かかもしれませぬ。たとえカナダに移民できたとしてもバラ色の生活が約束される訳でもなく職も安定しないかもしれませぬ。もしかしたら、小銭下さい~なんて言うハメになるかもしれませぬ。そして私は30歳。普段は年齢を気にしないタイプですが、移民という分岐点に立つとそれもふと頭をよぎりまする。。。。。

と、悶々と思っておりましたが、ふと大好きなカナダ人の音楽を聞いたり(http://www.stabilomusic.com/←音楽ながれるよ)、友人にもらったカナダのDVDをみたり、旅行好きの姉と話をしていたらやはりそんな悩みはなくなって、カナダ移民申請を続けて行こうと思いました。日本にしろ、カナダにしろ、どこの国にしろ、このままやりたいと思う事を憧れとして持ち続けてだらだら過ごすのはもったいない、しかも移民するにあたり、身動きとれない立場(結婚や、借金等)でもない訳で、やれる事はとことんやってみようと再確認しました。私も弁護士も必死です。

 それにともなう犠牲は沢山あるけれど、自分が一生懸命やっている(生活している、働いてる)限り、いろんな場面で人がどうこう思おうが、何を思われようが、全然腹が立たなくなりました。カナダに住んでみて、マイペースなカナダ人や沢山の移民者をみてより一層私のマイペースぶりに拍車がかかってしまいましたが、どの人達も自分に自信があって、羨ましくも思えました。しかし、マイペースは言い換えれば自己中な訳で、他人に迷惑をかけてはならないと思うのですが、そのバランスが難しいです。不思議とカナダではあまり迷惑と感じる時がなかったのですが、日本に帰ったら自分のマイペースによって迷惑を被っている友人や姉に「すまぬ」とあやまりたいです。

 私はいろんな経験をして、いろんな辛い思いも沢山してきただけに、自分に対してとても自信がある自己中です(技術/技量/脳みそ等は別として)。でもカナダ生活を経験してから現在に至るまで、もっと成長していかなきゃならない事が沢山あると思い返して反省しています。もしくはその自信が間違っていた事もあります。しかしなかなかどおして、自分ではいけない、なおさなきゃぁと思っていてもなかなか出来ないのがマイペースな性格と結んでいるんでしょうかねぇ。とりあえず野球の試合で韓国が勝っても「よくやったよ、日本、おめでとう、韓国!」と言える人になりたいなぁ。。。しょぼいなぁ、私。

 何書いているのか自分でもわからなくなってきましたが、このblogの更新も、メールをあまり返さないで友人から怒られるのもマイペースっぷりが伺えますね。ごめんなさい。
 ともかく、4月に移民用の英語のテストがあります。必死です。また行方不明になると思いますのでご友人方々はどうか心配なさらぬように。。。

やんややんやの指紋採取



ちと、ファーム話から逸れますが、一応カナダ移民申請の事も書く予定だったので、ここいらで書きます。

 今カナダ移民申請の準備中でいろいろ書類を集めていますが、その書類の中で「カナダの無犯罪証明」というものがあります。国外で6か月以上滞在した事のある人は、その国で犯罪してませんよ。という証明が必要な訳で私は1年カナダにいたので必要。カナダ警察に自分の指紋を日本の警察で取って送って証明してもらいます。勿論自国の無犯罪証明も必要な訳で、とりあえずカナダ大使館に連絡、申請用紙を送ってもらいました。カナダ無犯罪証明は5か月位かかるのが最近わかり、焦って地元の県警へこの間行ってきました。

 まず、県警の受付で指紋採取の事をいうと、名札をもらい待つ事数分、上の階から鑑識の人がきて案内されました。何の為に取るのかを聞かれて、「カナダの無犯罪証明がほしいので指紋採取したい、日本の無犯罪証明は今はいらない、あとで又取りに来る」と告げると、鑑識の人の頭の上には?がいっぱい。日本の無犯罪証明は結構取る人がいるらしいのですが、カナダの証明をとる為に来る人なんて滅多にいないから、慣れてないご様子でした。いちから10まで説明する事30分、しまいには私のまわりには5~6人の警察の人達が説明を聞いていて、ようやくわかってもらえていざ指紋採取へ。

 新人ぽい鑑識の人はこれまた指紋採取の仕方がわからないご様子で別の人を呼び、その人も解らずでてんやわんや。そして奥からゴッドファーザーにでてきそうな葉巻の似合いそうなドンがでてきて教える事に。そしてそれから指紋採取の講習会と化し、私のまわりには人だかり。こういう、やんややんやな場面に出くわす事は滅多ない事なので私は一人でにやにやしていました。
 インクに指つけてただ、押すだけだと思ったら全然違ってて、何やら小難しい方法でした。みんな英語の書類にやんややんやいいながら無事指紋採取終了、指紋取った人の手も取られた私の手も書類のあちこちにもインクがたくさんついて、大変でした。
 
 かなだ用の指紋採取には戸籍謄本とかは全くいらずに全て無料でしたが、日本の無犯罪証明時には戸籍謄本やら何やらかんやらが必要でした。あと数ヶ月後にまた県警に行って今度は日本の無犯罪証明の為に指紋を取ります。私の予想では、またやんややんやするんだろうなぁと思いますが、それがちょっと楽しみです。ちなみに私のツボは自分が真っ黒になってた中本工事似の指紋とってくれた人と新人ぽい「僕、昨日配属されました」ちっくな目が泳ぐ人です。あ~おもしろかった。

オーロラみたけどさぶかった。


↑実際撮影したやつではありません。イメージ図です。あしからず。。。

ファームの生活3か月目頃。日々の仕事はレストラン業務、動物の世話、野菜の収穫、食事の支度、片付け、掃除洗濯、たまにビデオ。。と日本人とカナダ人とシェフの家族との生活にも慣れてきてまったりと過ごしていた12月のはじめ、もう雪は2-3メートル降り積もったりしていました。

 その日もシェフの家族が3週間程ヨーロッパにでかけていた為、留守番をしていた私達はやんややんやとぐうたら生活を繰り広げておりました。
  私の寝床の屋根裏部屋は家の暖房が届かなくて震えながら寝ており、その日も歯をガタガタさせながら毛布にくるまって寝ていると、カナダ人が起こしにきました。寝起きが悪いと有名な私は「何よ!?寝とんじゃ!!」くらいのスピーキング力はある訳で、、機嫌悪く対応していたら、「hippo,ノーザンライツ!!ノーザンライツ!!」とにたまわっています。「のーざんらいつ??ってなによ?寝かせてぇぇぇ」とジタバタしていたら、「いいから来い!!」と逆切れされたのでしぶしぶ下に降りて外に行くと、、空一面オーロラ景色でした。
 色は写真の様な緑と赤と少し青。上の写真の様にはっきりくっきりではなかったけど気温マイナス15度の中、私達は口をあけてずーーーっと空をながめてました。
 「誰がみつけたの?」というと、近所に住んでいてよく私達と遊ぶためにやってくるカナダ人の男の子(23歳)が目をキラキラさせながら「オレオレ。家で見つけて車で知らせにきた!!」とのこと。カナダでオーロラを見るには高い金払ってイエローナイフに行って泊まり込み何やらで見ないと見れないと思いこんでいたので、びっくりしました。その近所の男の子に聞くと、やはりそう簡単には見れないらしく、去年(2004年)は見なかったらしい。でも、大体寒い時期毎日夜寒い中空を見る根気があれば、毎年見れるとの事(私がファームに行ってた地域;トロントから車で2時間くらい北)。。。。
 オーロラは30分位してじょじょに消えてゆきました。カナダ人に「オーロラ、オーロラ!!」というと、何言ってんのお前!?」と不可解な顔をされたので、よくよく聞くと「Northern Lights ノーザンライツ」とカナダでは言っているみたいで、「オーロラ」はあまり通じないみたいです。しかもオーロラの発音がとても難しいので余計通じないらしい。

 オーロラを見に、何もないイエローナイフまで数十万かけて行くツアーが日本にはあるみたいですが、元々興味があまりない私は少しバカにしていました。ファームでタダで見れちゃった私はもっとバカにすると思うかもしれませんが、違います。写真の様なすげー規模のオーロラをもっと見に行きたいと考えがかわりましたが、そんな金ねょ。

「ひっぽ、よかったねぇ、見れただけ幸せ、ラッキーだったよ」とまわりのカナダ人に言われながらうっとりとニヤニヤしながらオーロラを見つめた当時「大殺界」だったひっぽなのでありました。。

英単語学習 in farm


↑ファームのひつじ達。レストランが開く頃になると総出で1匹捕まえて調理される運命。私が命名(勝手に命名)した「ゆきちゃん」もうまかった。

 ファーム滞在2週間位過ぎた頃、だんだんとカナダ人達と話す様になり、毎朝やっていた単語勉強に半ば遊び感覚でつき合ってくれるようになりました。彼らは単語の意味をジェスチャー付きで教えてくれるもんだから、覚えやすくて今でも覚えています。

 教えてもらった単語は以前にテレビやビデオで観ながらメモしたもの、他は普段彼らが口にしている単語など。ファームに滞在しててテレビを観るときは必ずノートとペンを片手に観たり、彼らと話している時もメモとってたりしていたので、ちょっとウザかったかも。

 今でも忘れられない思いでの単語は「scraby」と「コーク○ッカー」。ある日、風呂に入る時に体をこするやつを何処かに置き忘れてしまい探していると、「何を探しているの?」と彼らに聞かれたので、その単語がわからず、ジェスチャーで腕をこするマネをしてなかなかわかってもらえず、辞書で調べようにもその日本語もわからでアタフタしていました。
 やっとわかってもらえて見つかった時に、彼らに「これ、何て名前?」と聞くと、「コーク○ッカー」と答えてくれました。その後3日間くらい風呂に入る前にカナダ人に、「この名前覚えてる?」と親切にも試して聞いてくれていたので、やさしいなぁ、と思いつつ「コーク○ッカー!!」と叫んでいたのですが、心やさしいひとりのカナダ人が、「コーク○ッカー」の本当の意味を教えてくれました。意味は「口でアレする事」。。下ネタでした。。。しかし何でオーナーの前とかでも平気で「コーク○ッカー!!」と叫んでいたのに、オーナーは聞き流していたんでしょうかね?又イタイ日本人が来たとか思われていたんでしょうか??、、、、というわけでscrabyが本当の名前みたいなんですが、「scraby」も「コーク○ッカー」も呼び方はたくさんあるみたいです。

 こうやって日々過ごして行くうちに彼らも日本語に興味を持ち始めて、はじめで聞かれた日本語の意味は「オッパイ」。んじゃ、「i like オッパイ」は何ていうの?と聞かれたので「オッパイ ダイスキ!!」と正直に教えてあげたら、次の日から滞在期間ギリギリまで毎日5回以上言い続け、てか、別れの言葉が「オッパイ ダイスキ!!」という拍子抜けの言葉でした。

 彼らの覚えた日本語は他にも「私」「大きい」「小さい」「上」「下」「はい」「いいえ」など基本的な単語でしたが、うまくそれらを使い、「hippoのオッパイ、チイサイ」「ワタシの○○、オオキイ」など日々練習を繰り返していました。又、奥さんを含めて日本人組は返事が「ハイ」なので、かれらはしょっちゅうそれを聞いていたせいか、farmでは全員返事が「ハイ」でした。
 結果お互いシモネタやスラングをたくさん学べて、カナダ人と過ごすファームステイが一番の英語の勉強になった様な気がします。

言葉の壁?人間の壁?


↑いつもの食事(夕食)のセット。

 レストラン業務のないファームの生活も貴重な体験となりました。このファームに来て5日目、レストラン業務のない日でも朝8時半に起床して各自で朝食をつくり、食べ、コーヒーを飲みながら英単語の勉強を時間までするのが日課となりました。
  カナダ人の男の子達はいつも起きるのが遅くて寝起きはみんな悪く、しまいには私は起こし係となっていました。
 日本人の男の子は動物のエサ係だった為毎朝6時に起きてせっせとエサをあげていたり、通常の仕事でも私達日本人3人は真面目に作業をしている中、カナダ人3人はいつのまにかいなくなっていたり、しゃべりまくって手が動いてないといった事はしばしば。怒るというより、呆れていましたが彼らカナダ人と日本人の間には明らかに壁があり、最初にそれをなくそうと思ったのが自分の課題でした。

 言葉の違いはホントに壁をなくすのに邪魔な存在でした。他日本人2人はヒアリングがあまりできていなかったらしく、今まで会話をあまりしなかったらしい。当初一番傷ついたのは、作業中(野生リンゴとり)での会話で、カナダ人が
A「りんごとりだりぃ」
B[休憩したい」
C「どうせ彼ら(日本人達)がたくさんりんご採ってくれるよ」
A「きこえるぜ」
C「どうせ英語わかんないから大丈夫だよ」
ABC「あはは」

 みたいな会話でした。日本語で「今の会話わかった?」と日本人2人に聞いてみたところ、わからないらしい。リンゴを一生懸命採っている。ムカついた私は日本語で「今の会話全部わかってんだよ、すっつとこどっこい(バカという言葉はしっているらしい)」と笑顔で彼らに言ってみました。
 彼らは「hippo,今何て言ったの??」と不思議そうに何度も聞いていました。後に彼らにすっとこどっこいを教えたのですが、彼らが気に入って「すっとこどっこい」と変な発音で何度も言っていたので一緒に笑っていました。

 そんな感じの言葉の壁による日本人とカナダ人との隔たりはたくさんあったけれど、結局何人とか何も考えないで嫌な事は嫌、好きなものは好きを自然に自己主張していたら自然に仲良くなれた気がします。また今度。

淡々と書くレストランファームの日常

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↑ファームのこぶた達。食べられる運命。(うまかった。)一匹「花子」と名付けたが、翌日どれが花子かわからなくなるので、しまいには全員に「花子」と言っていました。

ファーム生活1日目、朝8時起床。顔を洗ってスッピンで作業開始です。日本人の男の子はもっと早くに起きてファームで飼っているレストラン用の食材となる豚、鶏、鴨、羊等にエサを与えに行っていました。歯磨き後は各自で朝食をつくります。いつもキッチンには自家製のパンと近所から買う生まれたてのたまごが置いてあり、冷蔵庫にもハムやらチーズやら沢山あったので毎朝おいしく頂けました。しかし、マヨネーズは禁止。というのもこの家では保存料が入った既成品等体にあまりよくないものは置いておらず、マヨネーズを食べたくなったら自分でつくらなくてはいけませんでした。

 朝食を食べていると見習いシェフ達がワラワラとキッチンに来てパンを食べてオーナーと一緒に食材準備にとりかかりました。私たち女の子はダイニングルームをレストランに改造。以前載せた写真の様なテーブルセットを人数分セットし、掃除です。レストランといっても完全予約で一晩多くても12人のお客。料金は$250でワインは持ち込み。メニューはなくオーナーが考えたコース料理9~10品をお客全員が集まった時点で一斉に1品づつ出すといったものでした。

 掃除もすみからすみまで行いすぐお昼ご飯、基本的にはパスタが多かったのですが、旬の食材がたくさんテーブルに並んでおなか一杯でした。勿論皿は私達で洗います。

 その後奥さんが、「フォーマルな服に着替えてね」と言うので、「ない」と答えると、白いシャツとスカート、靴まで貸してくれて、18時からの接客に備えました。

 18時、ぞくぞくとお金を沢山持っていそうなお客さんがやってきてはワインを奥さんに渡します。どの人も「やっとオーナーの料理が食べれる」と大興奮で、「あぁ、本当に凄い所へ来ちまった」と思ったのが印象でした。奥さんが紹介してくれたお客さんの中には、トロントsun(新聞)の社長やら、オンタリオプレイスのアトラクションの社長やら、オペラ歌手やら芸能人(知らん人)やら、much musicの社長やらがおり、興奮するより、ちょっと引いてしまう程でした。

 一方キッチンではいつもは本当にやさしいシェフがピリピリとしていて見習いシェフ達も普段全く見れない真面目顔。私達はシェフがつくった焼きたてのパンを切ったり、バターを切ったり、ワインの準備などをしていました。

 初めて見たシェフの料理は本当に素晴らしく、芸術的でした。実際の味もとてもおいしかったのですが、ファームにいた何ヶ月の間で、このシェフが天才的な人だと知るのには時間がかからず、後にネットで調べたらみんな天才と評価していました。

 恐る恐る料理を持って行き、奥さんが料理の説明、全員食べ終わってから料理を下げ、食器を洗う、ワイン、水を注ぐ等を繰り返す作業が続き、たまに「これは何のソース?」とか聞かれてテンパりながらの1日目でした。

 料理、デザートが全て終わり、シェフが登場、客は立って拍手をし、握手。そんなのがレストランを開いてる日ごとに行われ、その度に「すげぇ所に来たもんだ」と思っていました。

 お客が帰った頃時間は23時過ぎ。後片付けをすませたら25時前。見習いシェフはパンの生地をつくったり。バタンキューで就寝し、翌日もレストランの為8時半起床。。。。

 ファームステイのイメージは馬の世話や犬ぞりとか、野菜とか果物のかのピッキングのイメージしかなかったのですが、多分ここはカナダでも特殊なところだったのでしょう。大殺界だったのにある意味とてもラッキーだった29歳のファームステイでした。でも代償に12kg太りました。ここで。

 それにしても本当にみんなワインを沢山飲みます。2人でワイン5本とか平気で飲みます。恐ろしい。

淡々とかきましたが、レストラン以外でもたくさん楽しい経験や辛い経験やすっぱい経験もしたので又淡々とファーム生活を書きますね。

ファームっぽくないファームステイ


↑ファームレストランのセット

  ファームに到着してすぐ、自分の寝床となる部屋に行きました。家の中はとても広くてレストラン兼ダイニングルームもとても広かったです。寝床は屋根裏部屋。といっても普通に立てるくらいの高さはあり、広い。でも敷居はなく、私ともうひとりの日本人ファームステイの女性とカナダ人(男24歳)との共同で使用していました。
 ファームに来た当初家族とファーム構成は、父(ドイツ系カナダ人)母(日本人)子(12歳)、見習いシェフ(カナダ人男3人と日本人男1人)、家事等の日本人女私ともうひとり。
 ファームに到着したのが夕方だった為、荷物整理をしていると夕飯に呼ばれてでかいダイニングルームへ行ったら、長ーいテーブルにろうそくを準備していました。「私たちはろうそくの火を見ながら食事をするの」と言われてとまどいながらも準備の手伝いをしました。台所も素敵な台所で、(今度気が向いたら写真のせます)そこでみならいシェフ達がパスタをゆでていました。
 夕飯メニューはトマトのパスタとシーザーサラダ、ワイン、トウモロコシのゆでたのもあったっけ。初めて食べる有機の丸いトマトからつくったトマトソースは酸味があって食べ慣れない味でしたが、ファームを離れた今、あのトマトソースは本当においしかったと思っています。シーザーサラダも全て有機野菜、ドレッシングも卵とオリーブオイル等からつくられており、ひとり黙々と感動しながら食べていました。

 そして夕飯中会話は全て英語。最初は私への質問で、だどたどしく答え、その後はほとんど世界情勢の話や子供が話したりで会話に全くついてゆけず、日本人の奥さんがたまに通訳してくれたりしていました。驚いたのは、カナダ人の見習いシェフ達がまだ20代前半だというのに、世界情勢の話に食いついて自分の意見を話まくるといった点。丁度アメリカのブッシュ選挙時期だったのですが、ブッシュについて、政治について熱く話していたのがとても印象的でした。といっても当時政治英語なんてほとんどわからなかったので、ほとんど奥さんが訳してくれていました。「んで、どう思う?hippo?」なんて聞かれた時にゃ、ヒヤヒヤもので「XXXの意見に賛成」としか答えられなかった自分に腹がたち、その初日を境に毎日CNNを見る様にしました。

 夕食の後はみんなで食器をあらい、各自好きな事を。大抵テレビ部屋に家族以外があつまり、みんなでTVをみていました。そんなこんなでシャワーをあびて屋根裏で就寝。まだ9月最初であたかかったため、肩にtatoo付の上半身裸のカナダ人を横目に、スヤスヤと眠りについたのでした。

 翌日はいよいよレストラン開店の日。このファーム、シェフは前回かいたとおり有名なシェフ、しかも月に1~3週の週末しかしておらず、予約は一年先までいっぱい、来る人有名人や金持ちばかりでしたので毎回緊張していましたが、最初に覚えたのは上の写真のナイフフォークセット。しわひとつ付けずにクロスをひいて1本7000円~の銀製フォークや高いワイングラス達を並べるのにど緊張。どこに何をおいていいのかすぐ忘れるため、初日にデジカメで撮影しておいて、当分そのデジカメ写真(上の写真)を見ながらセットをしていました。

ファームステイの素晴らしき日々?のはじまりは


↑ファームステイ先で撮影した景色。毎日夕方になると外に出ては写真とっていました。

 さすが面倒臭がり屋。更新がとまっていますね。すみません。何とか生きています。

 トロントには8月いっぱいまで滞在しており(帰国前に再び戻ったが)、その間まだblogに書いていないゲイパレードやハーバーフロントの祭りやら家族が来たりとかいろいろあったんですが、また今度書くとして、タイムリーに、冬に過ごしたファームステイの事を書こうかと思います。

 トロントで当たり前のようにバイトをして帰宅してバイトして映画みて等をやっていた夏(2004年)、バイト先のオーナーとも気があわず、家賃を払う為にケチケチ生活をするのも嫌になり、このまままったり帰国するのも嫌になってきたので軽い気持ちでファームステイをする事に決めました。
 運良く丁度日本語新聞に「カナダの大自然とうまい料理でファームステイ募集」と載っており、即電話。即okでした。
 ファームステイにもアタリハズレがあるみたいなので一応不安でしたが、何でも楽観視するタイプなので、なるようになれで9月の最初にグレイハウンドバスでトロントから2時間のところに到着。
 バス停におりると若いカナダ人男2人が「君はhippoか?」と聞かれ、「い、いえーす?」と答えると、即座にスーツケースとリュックを奪われ車の中に。「乗れ」と言われました。もう、カナダ人のやさしい行動慣れしていたので、疑う事なくホイホイ車に乗ってしまう私もバカなのですが、やはり運良くその人達はファームの人達でした。
 バスから降りた街には、スタバもケンタッキーもでかいスーパーもあって、全然大自然ではなく、??と思っていましたが、そこから車で30分、あれよあれよという間に山と地平線の景色に様変わり、牛がテッテケテッテケ歩いてたりする景色を口を開けて見ていたら、ファームに到着しました。
 そのファーム、隣の家まで車で5分、まわりは山しかない大自然のレストランファームなのでした。オーナーは世界ランク9位とかのシェフで、たまに開店するレストランの料理運びと料理用の家畜の世話、野菜つくり、家事をするファームステイでした。
 
 ファームに到着するなり、眼鏡のカナダ人が前日購入した新品のリュックを運ぼうと取手を持った瞬間、ビリッと破れ、取れてしまい泣きそうになったのもいい思い出ですが、そこで生活した4か月、英語との格闘、オーロラ、動物、家族、カナダ人との交流等はとても素晴らしく、私がカナダ移民を決意した場所となりました。その日々を今後ダラダラ書きます。。。。。。。。多分。

英語の勉強と移民


↑トロントの「マディソンなんとか(忘れた)」という有名なbar(スポーツバー?)で注文したタコスサラダ。うまかった。(何か食べ物の事ばっかし)

 新しい仕事にも大分慣れましたが、歳のせいか、身体が追いつかず帰宅したらバタンキュー状態です。。。あと、アマゾンで「that '70s show」(海外コメディドラマ)のDVDを見つけて早速購入し、毎日見ています。今度は英語字幕→字幕なしで繰り返し。いい英語の勉強です。前の日記にもかいたのですが、私女30歳、明らかに若者向けのこのドラマが好きで英語もそう難しくはないのでイイです。(有名な「24」とか、英語じゃ理解できません。単語が専門用語とか難しいので。)しかし「that '70s show」のDVDをみるにはリージョンフリー(もしくは北米用)のプレイヤーが必要です、、。(日本はどっかのケーブルか何かでFOXチャンネルで見れるらしい。) トロントじゃ未だ毎日再放送してるのかなぁ。。

 最近になってようやく英会話教室に再度通いはじめました。以前日本で通っていたのは確か約2年前。。友人達は「カナダに一年いたのだから行く必要ないっしょ?」というのだけれど、一年いたからこそ通いたくなるのです。それは英語を忘れるのが怖いから。(大した英語力もないんだけど。。。)

 再びホットペッパーで適当な学校に目星をつけて電話して説明を受ける事に。やはり事務の人に言われたのは、「1年もいたのだから結構喋れるでしょ?」でした。全否定をしてレベルチェック後、
プライベート
50回レッスンで15万位(色々含めて)
内容豊富
ですぐ決めました。
 大手の英会話学校だとプライベートでこの値段はありえません。やはり私の好きな大手じゃない学校はイイです。
  何故また学校に行ったかというと(英語忘れたくないかというと)移民の申請時にIELTSというイギリス関係のテスト(カナダの女王はイギリスの女王)を受けなくてはならず(CELPIP?というテストでもよい)、そのスコアも申請ポイントになるからです。IELTSのテキストを購入してみたら移民等用の問題は大学留学用よりは比較的簡単でしたが、ゆーても私にとっては難しい。何よりスピーキンのテストは面接官の前でお題について何分か喋らないといけないときた。
 プライベートレッスンにしたのはそのiELTSの指導もしてもらいたいのと、移民申請時に提出する書類は全て英語なのでそれをチェックしてもらう為。あと、他生徒(日本人)の前で英語を喋る時にどうしても違和感を感じてしまい感情をうまく表現できなくなるからです。

 カナダ移民するには投資移民(カナダに大金投資する)、家族移民(その名のとおり)、個人移民等があるのですが、私は個人移民を申請する予定。簡単には移民できる訳でもなく、過去の職歴やら学歴やら英語力やらいろいろでポイントを計算してそのポイントが達していれば初めて申請できるというやつ。審査期間はとてつもなく長く、5年かかった人もいるそう。カナダのworkビザをもっていれば早いのですが。。

 そのポイント計算の中に「カナダで職歴が1年以上ある(ワーホリ含む)」もあるのですが、カナダで私は数ヶ月の職歴しかないのでポイントに含まれません。残念。かといってワーホリ期間は1年なのにそれは不可能だと思っていたら、本当に移民したくてポイントが欲しい人は、「ワーホリビザ取得するので働かせて欲しい」とカナダの雇用主に伝えておいたり(観光で入国した時とかネットでやるらしい)、してすぐ働く、ワーホリ初日からネットで探しておいた募集している店に行き雇ってもらい働き始めるといった事をする人もいるみたいです。恐ろしい情熱。

 なんだかんだでレッスン初日に先生から、「何故英会話するの?楽しむため?」と聞かれ、「カナダに移民したいから」と答えると「とてもカナダが好きなんだねぇ、トロントはほぼアメリカみたいな所だときいてるよ」とアメリカ人の先生からいかにもアメリカ的に答えられました。何故かカチンときたのは忘れて、思い出したのはカナダ人の友人が「カナダ人はアメリカ人が大嫌い、カナダとアメリカを一緒にされるのを凄くいやがっている。でも国民の50パーセント(もっと?)はアメリカに移民したがっている、おかしな話だよ」と言っていた事。ないものねだりなんでしょうかね??

 今から英会話の宿題をします。女30歳宿題の巻です。内容は

   英語本を読んでそれを録音する(byカセットテープレコーダー(今更買った)
   先生に与えられたお題のエッセイを英文で書く
   英語本を読む(感想をいう)

面倒臭がりな私にはうってつけの宿題です。宿題だしてもらわないと多分勉強しないと思います。
今までは単語の本をたまに眺めるのと英語のDVDを毎日みるだけの日々でしたがそろそろ本気だして適当にがんばります。

追記
移民ポイント計算ページ(e-maple)日本語
http://www.e-maple.net/immigration/index.html
   この計算方法で全てのポイントが決まる訳でなく、参考程度です。
今この記事読み直したら内容がごちゃまぜのすっとこどっこいな文ですね。面倒臭いので書き直しませんが。。。。。。。。