hippoのカナダ生活
面倒くさがりな人間のかなだで過ごした日々とかなだ移民申請奮闘記。
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職場の恋愛はどうしたもんかいな

毎日為替相場を見ているのですが(別にFXとかやっているわけではありません)、今みたらカナダドル1 $117円。高っけー。hippoがカナダにいた頃は90円くらいでした。これからどうなるんでしょ?
 
デザイン会社の続きですが、hippoがまかされたのは結婚式の招待状のデザインで、花をモチーフにしたもの。この花を元に招待状、名刺みたいなもの、封筒、小さいカード、マッチのはこまでデザインします。欧米は何かにつけてカードを送るとは知っていましたが、結婚式招待者にこんなにも多くの種類のカード類を送るとは思っていませんでした。

 いきなりまかされるとは思わなかったのでややとまどったものの、日本でやってた様にイラストレーターで書き起こし、色をつけなんてな事を地道にやりました。この作業をしている間でもオーナーや同僚の男の子は終始喋りっぱなしで、「ニホンンゴ、オシエテクダサイ」などとのたまいながら作業していました。
 一日で終わる作業も、こんなんじゃ、一日では終わるわけはないのですが、オーナーからしてみれば、え?もうおわったの?もっとゆっくりつくっていいのにーー。なんて感じでした。

ある日、会社でビザの話をしていて、永住権は難しいなどの話になりだらだらと喋っていると、オーナーは何かにつけて同僚の男クリス(当時28)とhippoが結婚すりゃあいいじゃないかと言い出すようになりました。ネタ的に。hippoは別にクリスが「かっこいい」だの、なんだかんだ思う事もなく、ただただ、必死に英語を理解して仕事をしていた時期だったのでネタだとしても「カナダディアンと結婚すりゃぁ、永住権とれるじゃん」みたいな考えは自分の中でタブーであり、少し残念な気持ちでありながら「そんな簡単に言わないでよーー」なんて愛想笑いしながらいってたのですが、クリスもクリスで「んじゃ、結婚しようか?」と笑えない冗談を言ってたりもしていました。
 hippoが例えば、その時点でビザ切れを気にせず働いていたならば、「日本から来た珍しい、ちょっと英語が乏しい女」でなければ、職場での恋愛もアリだったかもしれません。何であれ、結婚ネタを毎日の様に言われながらも軽くスルーして働いていました。クリスと職場で2 人きりなんてことも多々ありましたが、彼の担当の印刷部門の仕事を教えてもらったり、インクの調整の仕方などを教えてもらう、デザインの話をする、美術館で何やってる等の話をする感じでホレタ/ハレタなどという感情は芽生えませんでした。

 そんな日常を送っていた頃、クリスと遠距離でつき合っている女の子がトロントにやってくるという日がやってきました。
つづく。多分。

同族嫌悪〜カナダで韓国のラーメンとおばちゃん

デザイン会社に通う間住んでいたシェアアパートには韓国人のおばちゃんが住んでいました。
 トロントで部屋探しは2回目で、色々調べていると韓国や中国の方とのシェアは、ちと、難しいという意見が多く、まぁ、お国柄の違いなんでしょうけれども、それを避けていました。
 しかし、友人からの紹介、会いに行ったらいい人そうだった、ということもあり入居することにしました。
 
 前にblogに書いたとおり、当時カムジャタン狂だったし、語学学校で知り合った韓国の学生はいい人だったりで、コリアンタウンに行く機会は結構あり、そこにあったスーパーにはわりと日本食ぽいものもあってよく通っていました。そこでよく買っていたのが「辛ラーメン」。インスタントラーメンなのですが友人に「うまいから食ってみ」と言われ、食べたのがきっかけではまりました。味は名のとおり辛いのですが、麺がなんか、モチモチ?してておいしかったです。人によっては辛いだけのラーメンなんでしょうが、ひっぽにとってはカムジャタンに通じる秘密の味っぽいものもあるような気がしてよく購入していました。

入居して間もないある日、シェアのキッチンで辛ラーメンをつくっていると韓国人のおばちゃんがやってきて「辛ラーメン」のパッケージをみるなり、「これ知ってんのか?」と聞いてきました。「うん、知ってるよ、てか、すげーうまいよね、これ、大好き」と答えるとおばちゃんはとてもうれしそうに「そうか、そうか」とうなずいていました。これをきっかけにおばちゃんは何かっていうと、ひっぽをキッチンに呼び、「ごはんつくったから、食べろ」とよく韓国料理を食べさせてくれたもんでした。あるときは焼肉でジンギスカンを食べる鉄板みたいなので肉を焼いてシェアしてる人4 人でわいわい食べたこともあります。そこで覚えたのは「ごま油に塩」のたれ。わりさっぱい食べれておいしかったです。

  口は悪いおばちゃんだったけれど、ごはんもたべさせてくれたり、困ってたら助けてくれるし、日本と韓国の歴史の話になってもさっぱりとした考えをもっていたりで、まるで母のような感じで接してくれていました。そのおばちゃんがよく言ってたのは「何でも助け合わないといけない、ましてや同族なんだから」という言葉。日本も韓国の中国もはたから見れば同じアジアの同族であり、助け合ってなんぼ、という考え方を持っていて当初少し驚きました。ひっぽが思っていた韓国の方の印象は同じ韓国人同士の中での同族意識が強いということであって、日本人と韓国人の間には見えない嫌悪の壁があると思っていたので急に自分が情けなくなりました。確かに経験上カナダで同じアジア人同士で嫌な目にも合いましたが、語学学校の韓国人はいつもにこにこしていて私達日本人に対して嫌味のひとつも言わなかった事を思い出しました。たしかにお国の習慣についていけないこともありましたが、逆に日本の習慣についての文句を彼らから聞くことはなかったような気がします。

前にも書いたのですが、デザイン会社のオーナーが「アジア人はアジア人が嫌い(同族嫌悪)」でしょ?と言ったのは確かに一部あっているんだけれども、むしろ日本人は日本人が嫌いの方が強かったような気がします。もちろん自分に関わる友人は別として。

てなことを思い出したのは、最近近所の輸入スーパーで「辛ラーメン5パック入り」を見つけて購入し、寂しくそのラーメンをすすっている時でした。最近は普通のスーパーでもよく見かけるこの「辛ラーメン」。辛いのが苦手じゃなければおすすめします。

デザイン会社初日

ファームから離れ、トロントで家を探していたら、数日後日本に帰る友人から友人が住んでいたアパートを引き継ぐ事になりました。Bloor通り沿の地下鉄駅から徒歩30秒、月350ドルのシェアアパート。安い。ボロかったけど、掃除当番も決まってて、きれい。当時の自分にしてみれば、申し分ない所でした。

 デザイン会社出勤初日、会社に到着すると、オーナーは相変わらずニコニコしていてウエルカムな雰囲気でした。そこで見慣れない顔が。
「彼はクリス(仮名)。ここで勉強もかねて半年間働いてもらう事になってるんだよ」
と、紹介されました。彼は同じ歳でデザイン系のカレッジを卒業したあと、友人と会社を立ち上げ、勉強のため、特殊印刷方法を行っているトロントのここのオーナーの所へやってきたのでした。

ひととおり会社の説明を聞いたあと、んじゃ休憩しようか、と休憩。だべっていると客が来る。デザインした文房具を買いに来る客。その客とまったり会話。会話中クリスも奥さんも参加。日本から来たというネタでひっぽも強制参加。だべる。そうやって午前中は過ぎていき、あっという間にお昼となったのでした。

 お昼は店を閉めて、「今ランチ中。13時に来てねー」の札を下げ、近所のカフェレストランへみんなで行きました。クリスはお決まりのように日本語に興味津々、最初に聞かれた日本語は「ありがとう」でした。トロントの地元の人しか行かないこじんまりとしたカフェの中でクリスをはじめ、オーナーも奥さんも「ありがとう」「ありがとう」と連呼。サーバーが料理を持ってきても日本語で「ありがとう」。サーバーも学習して「ありがとう」隣の席の客も「ありがとう」で、一種異様な雰囲気で盛り上がり、お昼の時間が過ぎていました。
 食べ始める時もくせで「いただきます」と手を合わせると、みんなニコニコして「いただきます」と真似をしたりしていました。「ごちそうさまでした」も。その言葉の意味を説明したのですが、後にみんな食事の度に、この言葉を使い続けていました。今も使ってるんだろうか。。。。。
 お昼を食べおわりレストランで喋ってると、13時30分。オーナーは急ぎもせず、話に夢中で「んじゃぁ、そろそろ行く?」みたいなノリで会社に帰りました。

「ひっぽに何をしてもらうか考えてて、決まったよ、と差し出されたのは、クライアントが色鉛筆で書いた花の絵。この花をメインのテーマにしてクライアントの結婚式の招待状やその関係のグッツなどを作っていく仕事でした。まずはその絵をパソコンにとりこみ、2色印刷用に、また、いくつかのバージョン用にイラストレーターで書き起こしていく仕事でした。
続く。

本音と建前/ひねくれ/わがまま

 カナダで友人がコーヒー屋で働いていた時の事。ビルのエレベーター前でコーヒーワゴンと共にエレベーターを待っていると、他に待っている2人の男の人が「お前、宗教何?俺ユダヤ」「俺プロテスタント、キリストの」とか喋ってて、その宗教について話をしていたそうです。そんな時ビルの警備員があらわれて、同じくエレベーターを無言で待っていると宗教の話をしていた男が、「お前、宗教何?」と警備員に話しかけたそうです。警備員は「俺?俺は宗教ない、だって自分を信じてるもん」と言ったそう。友人はその言葉に一目惚れ。コーヒー屋辞めるまで警備員に釘付けとなりました。
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他人に「すごいねぇ」とか「よくできたねぇ」とか言われる率が多少なりとも多く感じたカナダでは、到着後数ヶ月は「建前で言ってるんちゃうの?」のひねくれたりもしていたけれど、(それくらいどうでも良い事まで褒めてもらえる為)月日が経つにつれて、それが自信にもつながったりしたり、国民性の違いかなぁと理解したりもしました。

 んで、「この人、今本音で言ってる」とか「今のは心から言ってない(建前)」などと見分ける能力なんてものがついたりつかなかったり。
 そして、カナダでの経験上の話ですが「こう言ったら、相手はhappyな気分になれて、自分もhappy、結果オールライト」みたいな感じがたくさんあった気がします。それは私にとっていい風にとっていて、なぜかというと、そういう人達は「自分も結果他人もhappy」にならない事柄については建前で褒めたり話を合わせたりする人が(周りには)いなかった、そういう時はきちんと「NO」と言う人ばかりだったので(親しい間柄の中ででの話)、結果本音でつきあっている、会話しているという安心感がうまれたり、そういう「NO」の時には成長できたりもしたからです。

  例えを「デザイン」にしてしまうと「感性の違い」で難しくなるので、違う例えでいうと、
自分が相手に間違った発言をしたり、知らずのうちに相手を傷つける事をしてしまったりした時にも相手が「NO」と言う事で自分がしてしまった間違いや行動に気づいて謝ったり行動を改めたりなんかしてそこで成長出来ると思うからです。逆切れを恐れ、一切NOと言わず、終始褒めまくったり、同意しまくったりされると、疑いたくなったりします。例えでいうと、服の店員さん(そうでない人もたくさんいますが)。
 これって、人まかせな考えなので勝手なんでしょうけども。

 という訳で、私が、どこぞの会社の社員だった頃に本音で怒ってくれた女上司に今とても感謝しています。んでもってこのひねくれでわがままな自分も、「NO」と言う時は「NO」と言ったりもしているんですが、たまに間違った「NO」を言ってしまう時もあるみたいです。そのへんをどうにかしたいのと、「NO」と言われた時に、逆切れしないで、素直に受け入れるキャパをもっと増やしたいとも思っています。

バファリン

 数年前、街(日本)を歩いていると、明らかにホームレスの人が私に「職を失って今日食べるお金がありません、本当に困っています。パンを買いたいので100円下さい」と切実に訴えてきた事がありました。「お金持ってません」と断って(100円くらいは持っていたが)、逃げました。その後、いたたまれなくて、おじさんに声をかけられた所に100円握りしめて戻ると、おじさんはいませんでした。

 数日前会社の帰り、その日はいつもよりJR列車は混んでいました。
下車する時、5人位前のおじいちゃんが白い杖を持っていて、「目がみえないんだなぁ」と確認。混んでいたので必死に下車し、ホームへ。ホームは改札へ行く人と乗る人で混雑していました。ふと、ホームの自販機を見たら白い杖のおじいちゃんが、自販機前でうろうろしていました。きっと、改札がどっちの方向かわからなくなって困っていたんだろうと思います。一瞬、道案内をしようとしたのですが、躊躇。結局おじいちゃんを見るだけで、混雑した人の波に流されて改札まで出てしまいました。
 案内に行こうと思えば、行ける混雑具合でした。案内を躊躇したのは、あれだけ人がたくさんいるのに、誰一人として案内に行こうとする人がいなかったので行く勇気が消えたのと、以前、席を譲ったら邪見にされた経験があるからなのですが、未だそのおじいちゃんの事が忘れられず、「何で行かなかったのか、」と、後悔と罪悪感でいっぱいでした。もし、職場だったら、ホームに誰もいなかったら、友人と一緒だったら、案内したかもしれません。もし、そこがカナダだったら案内してたかもしれません。(カナダだったら気づく前に誰かがすでに案内しているでしょうが。)
 何が怖いって、帰国後何年も日本にいると、そんな「やさしさ」というか当たり前の事がすんなりとできなくなってしまってた自分。

 私にとってカナダという場所が、そういう当たり前の事を躊躇しないでできる場所だった事も事実ですが、日本だろうが、何処だろうが、どういう状況だろうが関係なく一瞬の躊躇もしないで生活の一部みたく、手を貸すような人になりたいなぁと思っていました。思うだけ。

 そして今日、これまた駅で、長い階段を大きな荷物を持ったおばあさんが降りようとしているのを発見。まるでカナダで引っ越しした時の地下鉄駅での私のような感じ(過去日記参照)でした。「これは行くべきだろう」と思い、ばあさんの元へ向かうと、後ろからばあさんの家族らしい人が来て、やんややんやとばあさんと去っていきました。
 
結局何もしなかった訳ですが、冒頭で書いたホームレスの100円おじさんの話みたく、誰それかまわず、困ってたら金をあげるという事はしないにしろ、これからもあるだろうと予測されるじいさんやばあさんみたいな状況で、必ず手を貸そうと思った、そんな今日。

デザイン会社から返信あったものの、ブログに関しての返答はそっちのけの内容でしたので、もういっかい聞いてみます。

偶然と必然

世界放浪のススメみたいな本を読み終えて、放浪する事が思ったよりも難しい事ではないなぁと思いました。かといって、「んじゃ、今からしよう」とまではいかないにしろ、今できなくてもいつでもできる事も知りました。んでもって、欲がでてきて「次カナダに行く時も、トロントにしよう」と思っていたけど、別の所もまわってみたいと思いました。

 これから先、カナダに到着後、もしくは、めでたく移民権が取れた後、カレッジに行きたいと考えています。デザイン関係の仕事にもだいぶ慣れてきたのはいいが、移民後に、んじゃ、「英語でデザインの仕事」となると、とてもじゃないがついていけない。英語でうまいキャッチコピー考えて広告つくるなんてことはもってのほか。
 以前カナダの会社で働いていた時に思ったのは、英語がもっと出来れば数倍仕事を任せてもらえる事。それに今、会社でIN DESIGNというソフトを使いはじめたのですが、これらのアプリケーションを英語で使いこなすとなると、また大変。と、なんだかんだで今更カレッジに行きたいのですが、そのためには金もかかるし、TOEFLのスコアも必要。ちょっとカナダに行ったくらいじゃぁ、到底TOEFL550点をすんなり取れるわけでもないので、目下勉強中です。かといって、毎日残業の身としては通勤電車の中と昼休みしか勉強できない状態なので、「カナダ着いた~!!カレッジ入学~!!」というわけにはいかないもんで、語学学校にも行かないといけない。
 んじゃぁ、トロントで、語学学校行って、ジョージブラウンカレッジ(トロントにある)に行こうと思ってたのですが、旅の本を読んだり、どん子ちゃんと会ったりしてて、いろんな所をまわりつつ、勉強したいなぁ、と思いはじめました。

 以前、行った事もないくせに「アイルランドが好きだ」という記事を書いたのですが、相変わらずその好きさ加減は持続中です。一時、アイルランドの語学学校行きも考えたけど、「ポンド」は高い。(「ユーロ」だっけ?)飛行機も高い。語学学校は安いけど。
 んじゃぁ、「カナダでアイルランドっぽい州はないのか?」と悪あがきをして調べた結果、ニューファンドランド島というところがあった。しかもカレッジ費用が安い。

 そんな時にアメリカ在住の友人から「アメリカ来い」と言われて語学学校はアメリカにしようと思います。以前アメリカに旅行に行った時と、今の政権にあまりよい印象がなかったので避けていたのだけれど、これも何かの縁だと思いました。

 帰国後なんだかんだでカナダ行きが延びているのだけれど、相変わらず行きたいんだから、しょうがない。そして歳をとって最近よく思う事は、「偶然」と「必然」。

 デザインとは全く縁のない職場(日本)で広告のデザインをまかされるようになってゼロから勉強しはじめた事。
 ファームステイを選んだら、デザイン職に就けた事。

 数ヶ月前、派遣先を選ぶにあたり、大手印刷会社は「ハードルが高い」などと言い訳をして違う派遣先を選んだが、昨日その大手が情報漏洩でやっちゃったニュースが流れた事。

 大好きなおばあちゃんが年末から入院してて、今カナダに行けたとしても行きたくない事。もし行ってたら帰国してたかもしれない事。

 友人がアメリカに来いと言ってくれる事。

 親戚がアメリカに住んでいて、滞在可能な事が最近わかった事。

 宝くじが当たらない事。

 若くないのにカレッジ行くとか言ってる事。

 LMO(移民とかに必要な書類)とかが、うまい具合にとれなかった事。

 アイルランドに行きたいのに行けない事。

 カナダで帰国前、いかがわしい所(笑)へ行こうとした数分前にそこが火事になってた事。それがきっかけで心を入れ替えた事。

 書いたらきりがないんだけれど、よかった事も悪かった事も、今の自分にとっても、これからの自分にとっても「必然」だった、起こるべくして起こった事と思えるような事がここ数年多々あります。それはきっと、まわりの人達にとても恵まれている事と、前向きに物事を考えられるようになったからだと思うのですが、何かの縁で誰かが、そうやっていい方向に導いてくれているんだとも思います。いや、思いたい。全てがただの「偶然」だったなんて思うのも、寂しいですし。

 この前姉に、「このブログの文章がようわからん(文章力がないだっけ?)」と言われたのですが、ホント、そうですね。書いてる本人がまた、よくわかんなくなってきました。

という事で現時点ではアメリカ語学学校の後カナダのカレッジに行こうと思っていますが、これから先も「偶然」と「必然」が入り交じって、この先どうなることやら本人にもわかりませんが、30過ぎようと、最近流行の派遣だろうと、未婚だろうと、今、すんごい楽しい。一日48時間で、世界の平均寿命が均等に200歳ならいいのに。。。。


 

確認中

カナダの会社の事を書くにあたって、一応オーナー夫婦に「アレコレ、ブログに書いてもいい?」ということと、「会社のホームページアドレスのせていい?」ということの確認メールを送ってますので返事が来次第、会社での事を書きます。。


 

「awe・some 」つて、いわれても。。。。

デザイン会社にて。続き。
挨拶と日本映画の話のあと、早速ポートフォリオ(自分のデザイン作品集)をみせました。日本でつくっといてよかったとホント思いました。ポートフォリオは印刷してとじたものと、CD-Rにまとめたやつ両方用意しておきました。CD-Rには履歴書(英文)も。

 以前「多額の金を払ってまで留学センターに登録しなくてもよい」と書きましたが、唯一金がかかるサービスとして助かったのが、この履歴書の作成サービスで、トロントで職探しをした時は本当に助かりました。因に「デザイン会社用」と「レストランアルバイト用」2パターンつくっており、職場によってスキルや経験の度合いを書き分けてくれている履歴書をつくってもらいました。因にこのサービスだけに金払う事もできりそうです。

 「面接」という堅苦しいものではなく、なんか、コーヒー飲みながらひっぽの作品を「ヤーヤー」言いながら見ていく感じで時は流れてゆきました。

 当時、以前から思っていた「カナダの人は何でも褒める」という持論?は確かにあたっているなぁ、と感じたのもこの時で、そりゃ、「この作品は変」だとか堂々という人も少ないのでしょうが、ひっぽのどの作品を見ても「アメージング」だの「awe・some 」などと褒めてくれて,たとえ何でも褒めるのが日常だとわかっていても嬉しかったのを今でも覚えています。因にひっぽ直筆の変なオバQも、のち、「awe・some !」と褒めてくれたのですが、この時はさすがに「これは日本の怪獣ですか?」と苦笑いされました。他、特に言われたのが「ジャパニーズ~」。彼らから見て日本人がつくったものはいい意味で細かい、繊細なんだそう。ひっぽはかなりおおざっぱに書く方なんですが、それでも言われました。日本の繊細なところがいいんだってよ。

 この「awe・some 」(素晴らしい!すげぇ!という意味)、今はしりませんが、当時カナダでテレビをつけると何かにつれ、「awe・some 」「awe・some 」とみんな言っており、特に音楽番組「much music」の司会のねぇちゃんがよく言ってたのが印象的でした。

ひとしきり「awe・some 」と言われたところで、ファームの奥さんが迎えに来てくれて、クリスマスマーケットの売りもののサーモンやらジャムやらベーコンやらを夫婦に渡しました。ヒッポは一旦ファームに帰った後、3日後くらいにトロントへ戻る予定だったので、1週間後に初出勤という約束でこの文具デザイン会社をあとにしたのですが、帰り際、「明日からもう一人カナディアンの男の子が印刷の研修プログラムで働き始めるんだよ、1週間後会えるとおもうよ~」と言ったのでした。
つづく。

本当にやりたい事はなんぞや

 今日はカナダ会社の話ではないのですが。
 先日本屋で「金あんまりなくて世界を放浪する(題名忘れた)」みたいな本をみつけました。新刊で。サッカーの中田さんが放浪してるからブームなんでしょうか?買うのに躊躇して結局買わなかったのですが、気になってるんで明日買いにいきます。

 と、いうのも本当は世界を放浪して経験値を増やしたいんですが、旅先での貴重な経験よりも、自分にふりかかるであろうリスクや将来への不安を回避したくて実行する勇気がありません。ましてや、途上国に大量にボールを寄付する金なんぞありません。
 しかし本当になりたい自分は人に多大な迷惑をかけない事を前提に、リスクも自分のプラスに変えてやりたいことを実行してゆく人なのですが、なかなかどうして。。。

 たまにまわりの人はカナダ移民に向けていろいろ準備していること自体「やりたいことを行動に移している、勇気ある」なんて言うのですが、私にとっては妥協なのかもしれません。カナダ移民を考えた時、当然リスクもあるのですが、私にとってメリットの方が多く感じられ、放浪する勇気を持てず、カナダを選んだのかもしれません。
 ただ、救いなのはカナダは(特に大都市は)世界中から移民者が集まっている国の代表のようなもので、すこしずつでも他国の文化を経験することができる国だと知っている、経験した事です。

 放浪したところで何かを得られるとは限りませんが、カナダに滞在して欲がでてもうた。1年滞在してただけなのに日本に帰ってきてカナダでの経験が自分の成長につながったと感じる部分が多々あり、何よりプライドが減ったおかげでちっぽけなことでも楽しい、生活水準で楽しい、楽しくないと判断しなくなったことで以前の倍人生楽しくなりました。
 前までは世界放浪関係の本やテレビを見ても「自分にはむり」でかたづけていたのですが、この本で本当にやりたいことを見つめなおしてみるいいきっかけとなりました。(読んでないけど)
 と、いっても放浪するのはカナダ移民したあとでもできる事でもあるし、全てやりたい事をやりたい、実行したいなんぞ、何かを犠牲にしなきゃぁできないと思うのでそこらへんはちゃんと考えたいなと思います。
 
 と、いうわけで昔世界を放浪していた、その経験からか?こころやさしい発言をたまにする「ルー大芝」は私の中で1,2を争う好きな芸能人のひとりです。因みに1位は高田純二です。

デザイン会社訪問の巻〜日本映画のお陰で〜

 なんだかんだがあって、クリスマスマーケットも終わり、3日後トロントへ行く事になりました。ファームの若者達は普段何も無い所で動物と戯れて料理つくるのが日常となっており、たまに行くトロントがとても楽しみだったりしたもんです。

 ファームの奥さんは、若者のの心をがっちり掴んでおり、たまにトロントに行き、着くなり自由行動、夜待ち合わせで帰宅みたいな感じでトロントを過ごしていました。私はファームの前にトロントに住んでいたので、友人と会ったりしてました。
 けれど今回は違う。これから働くデザインの会社のオーナー夫婦に会うのだから。気合い入れて行きましたが、トロント到着後「んじゃ、この住所に言ってみて。夕方5時。6時にその店で待ち合わせねー」と言い残し、ファームの奥さんは消えてゆきました。

 さて、どうしたもんかいな、どうするもんかいな、と。。。。一人でいきなり行くしかねぇな、と。。。
 というわけで友人に会って緊張しながらカムじゃたんを食べて、夕方5時、デザイン会社に到着しました。お店(兼会社)の入り口はガラスばりなので、外から中を確認するとカナダ人夫婦が何かしてました。やさしそうな雰囲気にホッとしながら入店。
 「ファームから来たhippoですが~」と弱々しく言うと、満面の笑みで「雪の中よく来たわねーーー!!いらっしゃい!!」とハグされたのでありました。

 夫婦共々、そりゃぁもうやさしさいっぱいの顔つきで、テンションも高い、高い。見ず知らずのアジア人がこんなに歓迎されてよいのか?と疑るくらい歓迎されました。挨拶後すぐにオーナーが嬉しそうに私に見せた紙きれは、当時カナダで公開されてた日本映画「誰も知らない」の広告でした。
 オーナーは私にその広告を見せながら「いかにこの映画がすばらしいか」だの「近年にわたる日本映画にとても感動(当時座頭市タケシバージョンもやっていた)して大興奮の巻」などなどを語りはじめ、「あぁ、それで日本人に興味津々、好印象なんだなぁと思いました。と、同時にカナダでもたくさんの人に観られてて、感動されている映画をつくってる日本人のおかげで何の取り柄もないファームで培った太り気味のhippoが歓迎されるなんて、監督に感謝せねばなぁとおもいました。つづく。

 因に後ここで働いている時、オーナーがパソコンで「誰もしらない」の英語バージョンの予告編を見ながら目をウルウルさせている光景を何回か見る事がありました。奥さんはちょっと引いてました。
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