雲がわたあめに見える -10ページ目

雲がわたあめに見える

つれづれなるままに

学生の頃、心理学の講義で印象に残ったものがある。

人は、悲しいから泣くのでなく泣くから悲しいらしい。

つまり、自分の感情すらも間違って判断してしまうのだ。

自分自身の考え方というのは、自分が思っている以上に
自分自身を変える力を持っているのだろうか。


2000年に海外である裁判が起こった。

双子の赤ん坊がくっついて産まれてしまった。

Aちゃんは、肺・心臓を持っていない。
Bちゃんは 肺と心臓を持っている。

このままでは、半年後に二人とも死んでしまう。

ここで、選択肢は二つ。

①分離手術をする。
②分離手術をしない。

分離手術をすると主張したのは、担当医だった。
両親の決断は、手術をしないことだった。

担当医は、手術をするために、両親を裁判にかけた。

争点となったのは、AちゃんとBちゃんの命の価値だった。

「Aちゃんの死よりも、Bちゃん生の方が、価値が高い。」
そう考えたのが、医者だった。

「Aちゃんとの死と、Bちゃんの生の価値は同じだ。」
そう考えたのが、両親だった。

裁判官の判決は、Bちゃんは、Aちゃんに対して自分が生きることを主張する権利を有する。
というものだった。

分離手術を許可することで、Aちゃんは死に、Bちゃんは生きた。


裁判官は、法という根拠を持って、説得力を増そうとしている。

誰の答えが、正しかったのだろうか。

決断するときは、いつの間にか迫られているのだろう。