雲がわたあめに見える -9ページ目

雲がわたあめに見える

つれづれなるままに

spec~結 爻の篇~ という映画を見た。

もちろん、連ドラも、翔も天も零も見た。漸も見た。

なんだったら、ケイゾクまで見た。

ケイゾクは、しっかり、ツタヤでレンタルしたよ!

普段は、あまり、映画の感想とかは書かないけど、
記念に書いとこうと思う。

しっかりとした、specファンを自負しています。


ネタバレに関するかもしれないから、以下は注意でお願いしまっせ。































まず言いたいのは、~漸の篇~の間延び感は辛かったってこと。
映画というか、映画の連ドラバージョンって感じで、エンドロールも無し。
一本の映画として完成されたものではなかった。映像も使いまわし。
これだったら、特別ドラマにでもすれば?くらい。

ちょっと、これは参った。

一瞬、観客が何が起こったか分からないという不思議な現象が起こった。

心理学的に言うと、多元的無知が起こった。

誰も、映画が終わったことに気付かなかった。といえばいいかな。
しばらく、誰も立ち上がれなかった。「え?」「なにこれ」という感じ。

内容は決して悪いものではなかったけど、がっくりしたのは事実。

初めてこの映画を見た人は、全く意味がわからないのでは?
野々村係長待遇のシーンも感情移入できにくいかなあと。



ところがどっこい、~爻の篇~
まあまあ楽しめたというのが正直な感想でした。
細かいところは気にしない方がいいかもしれない。
そんな、アラが目立つ作品だったかなあ。

漸とはうって変わって、展開が速くて速くてよかった。


大きく広げた風呂敷もところどころ諦めて回収したのかなあ。

~天~の国会議事堂前で、野々村係長の手紙を読む雅ちゃんのシーンと繋がるところもなかったし、疑問は残りました。それも、セカイが滅ぼしたあとの地球の様子なのかなあとも考えられるよね。実際に、当麻と瀬文が暮らした世界はセカイによって破壊された。でも、当麻の能力で別の世界と繋がったことによって、一応はセカイ達がいない世界へと変わった。その世界には、野々村係長も吉川も生きているけど、破壊された世界も平行世界として存在はしていてそこには野々村係長とか吉川はもういない。と解釈すれば、自分の中では納得できるかなあと思います。となれば、破壊された世界から当麻が繋げた世界にやってきたのは、瀬文だけとなりますか。

ちょっと、話が難しすぎて、まったくズレたことを言っているかもしれません。

セカイとの戦いも、せっかく召喚したスペックホルダーたちがあっけなく消されたのもなんだかなあでした。一とかマダム陽陰あたりが、セカイと戦って、にのまえが時を止めた間に海野がプロフェッサーJの病を処方して・・・とかだったらもっと盛り上がったかな。

ドラマSPECの絶対的な力を前に、そうでない人間がもがきながら勝利するみたいな展開が好きでした。

結局、潤ちゃんも何が何だかわからないポジションだったし。

しかし、搭の上での当麻と瀬文とのシーンはよかった。SPECももう終わりだなあとしみじみとした。なんで、瀬文が来れたの?とかそういう細かいことは気にしない方がいいよね。

最後のシーンで、朝倉という人と女の人が話をしていました。
セカイがウジ虫!なんて言ってたけど、あれは、朝倉が先人類だったというヒントかもしれないなと思いました。でなければ、あそこでセカイにウジ虫!と言わせる必要もないよなあとも。

そして、「セカイはひとつでない」というメッセージ。
80年代風のバックで終わるSPECのストーリー。

ケイゾク1話で真山に殺されたカラス。

ケイゾクへと話が繋がって終わりなのでしょうか。