この頃、私は母が入院しているリハビリの病院に「洗濯物」を取りに行っている。

病院の中にはリハビリ入院者さんが使う洗濯機と乾燥機が置いてあるそうだが、

母は未だ自分で洗濯物が出来ない状態なので妹が仕事でどうしても忙しい時には

変わりに私が取りに行きます。未だ2回ですが最初の日他のリハビリ病院から

乗って来る患者さん(車椅子の方)がいました。その方を運転手の方が乗るまで

一旦ワゴン車を止めて待機するのですが、その時にその病院でリハビリをしている

患者さんを見ていました。年齢は母よりも若い方ですが左側に麻痺が来ているようで一生懸命に自分の腕でリハビリの先生(男性の方)の胸の所を押している姿を

見ていました。その間私は、その女性の方と母が重なって見えて涙が「ツ~ッ」と

出てきました。母は「リハビリがね凄く辛いんだよしょぼん固まった腕を伸ばす事とかやるんだけどね、上手く出来なくて朝から怒られているし・・・・。夜ね、悔しくてベッドの中で泣いているんだよ・・・・しょぼん」と聞いたことがありその事を思い出し自分で「泣いたらいけない!」と何度も繰り返し他の人に判らないようにハンカチで涙を拭きながら

「泣いたらいけないよ!」と思いながらその病院を後にしました。母が入院している病院は伊豆方面ではかなり知名度が高くその病院に入院したくても「ベッド」待ち

になるほどです。私の場合運転が出来ないので、そこの病院行きのバスを利用

しなければ行く事が出来ません。片道一時間少しかかります。往復で2時間半

の道のりです。車に乗っていて思わず「お母さんは、随分遠い場所に行ったんだな~家に早く帰りたいしょぼん」と言っているのが解かりました。2月に倒れてから2回ほど

一時帰宅をしました。そのたびに「あ~ッ!やっぱり家はいいねえニコニコ」と喜び

病院では食べられない好物の「お寿司」を食べまくり、次の日の午後病院に向かいます。

話は変わりますが、最初に「洗濯物」を取りに行った時病室に入ったら・・・「あれ??お母さんいない?何処に行ったんだろう???」と待っていたら、母の声がし「Yちゃん!早かったねニコニコご飯食べてきたんだよ」と言っていました。どうやら

食事の時間だった様で、私の方が早く病室に着いたようです。

まず、洗濯物を専用のバックに入れてから母の左手のつめを切って、両足のつめ

を切ってあげてたとき突然母が「悪いね~しょぼん迷惑かけて・・・今度恩返しするから・・」といきなり言い出しました。私は運よく?つめを切っていた為下を向いていたので「いいよ・・・今まで頼ってばっかりだったからつぐないだよしょぼん」と言いました。

でも、下を向いててよかった・・・又泣きそうになりそうだったから・・・。

母曰く「遠い所まで疲れるでしょ?」と反対に気を使ってくれます。でも「景色見られるから気分転換になるよニコニコ」とか「お母さんと話せるから嬉しいよニコニコ」とか私も

なるべく寂しさを出さないように、出さないように話をしています。

実際二日間用事があり病院に行ってかなり疲れては、いましたが「お母さんはもっと

大変なんだ!!」と自分に言い聞かせ何とか行く事が出来ました。

2月に入院して早くも5月半ば・・・私にとって「アッ!!」という間ですが、母にとっては・・・・「辛くて、辛くて・・・早く家に帰りたい」辛い期間だったんだろうな・・・。と

思います。

今日でもう5月・・母が倒れてから早くも3ヶ月経ちます。雪が舞っていた日だった。

それなのに・・今は暑い日が来ています。先月は「風邪」にかかってしまい散々な

月でした。母が市内の病院からかなり離れた「リハビリ施設」に移って早くも一ヶで月・・・。私が風邪をひいてしまい熱が出たのはそのすぐ後でした。心療内科の先生も耳鼻科の先生も「かなり、疲れている様だからゆっくり休んで下さい」と言われ、

その後、ぼちぼち回復したものの「食欲」がめっきり落ち「薬」を飲むために「何かしっかりした物をたべなきゃあいけない!」という意識はあったのに、冷蔵庫を見ると

「吐き気」が出ました。その事を心療内科の先生に言ったところ「Kさん・・・頑張らなくても良いんだよニコニコここに来る患者さんの中には、毎日納豆だけの人もいるし、

卵かけご飯の人もいる・・中には、カップラーメンの人もいる、頑張らなくても良いんだよニコニコ」と言ってくれました。その時私は「でも・・先生・・・栄養のバランスが・・・」と

言い始めた時、再び「今は、頑張らなくてもいいから・・・・」と言ってくれて何だか気分が「ホッ」として、先生に泣きながら「先生・・・私・・・頑張りすぎていたんですねしょぼん

と言ったとき「今は相当疲れているからゆっくり休んでくださいね」と言われました。

その日病院から帰った後「確か・・・冷凍庫に納豆あった気がする・・・」と思って

冷凍庫を開けると、母が倒れる前に買って保存してあった「納豆」を見つけ、直ぐに

自然解凍をして、その晩のご飯は「頑張らないごはん」(勝手にネーミングつけました)という形で「納豆ご飯&おひたし」という、質素ですが「食べれればいいよね」という感じで久しぶりに「納豆ごはん」を口にした時に「おいしい!納豆・・ってこんなに

美味しいかったの!?」というくらい美味しくて変な感動におちいりました。

その晩から「納豆」は私の食事にはかかせない物になりました。考えてみれば「大豆って畑の○○って言われていた食材だったんだよな~」と考え始め常に常備しています。その後・・「納豆のパワー」のおかげで、段々と食欲も出てきました。

今は、出来る時「炒め物」などを多めに作り「ストック」出来る様になりましたが、その日によって「頑張らないご飯」にしたり、コンビニで買って来ています。とにかく、今は身体にエネルギーを戻す為自分で調節しながら食事も取れる様になりました。

話は、変わりますが・・・私はこの頃「泣き虫ちゃん」になってしまいました。世間で言う「アラフォー」の私が「泣き虫おばさん」になってしまいました。「リハビリ施設」に

移った母と未だ一回も会ってないせいか・・・時々思い出しては「涙」が流れ続け

タオルで涙を拭いても涙が「ポロ・・ポロ・・・しょぼん」と止まらない時があります。

「何で・・・こんなに・・・涙でるの?しょぼん」と思う時があります。私が登録してある施設の方の話によると「Kさん・・それはね、心に溜まった辛い事とかが浄化されている証拠だからね、いくら泣いても良いんだよニコニコ泣きたい時は泣いて良いんだよニコニコ」と言ってくれました。以前お風呂に入っているとき「涙&鼻水」が止まらない時がありました。自分で「出る物は何でも出てくれ!」と思い泣きながらお風呂に入った事もありました。今では「心の浄化」だと思っては、思っているんですが・・・・。「泣き虫」になっちゃいました・・・・(トホホしょぼん




久々のプログです。今月の初旬から疲労で「風邪」をひいてしまった私・・・病院に行って先生に病状を

話したら、最初「インフル」の検査したけど異常は無かったけど次の日「熱」を測ったら「37・5℃!」

自分でも「これは・・イカン!」と電話で予約して、その時間まで「アイスノン」して寝ていた。

病院に行って再び「インフル」かも・・・と言う訳で検査したけど異常なし。とりあえず「点滴」と血液検査

をしてもらいました。その後家に帰り・・「グッタリコン状態」になり寝ていたけど夕食の時間になり半分

ぐったりしょぼんしながら何とか「ぞうすい」を作り、気力で片づけをして「抗生物質」を飲み後心療内科で貰った薬を飲み布団に入ったけど、初めて一人になり「38℃」の熱で何だか物凄い「恐怖感」が襲い寝る前に「眠剤」飲んだけど「熱さ」と「恐怖感」でほとんど眠れませんでしたしょぼんその状態が2日続き食事も

まともに摂れなくなり、今度は「下痢」がひどくなり再び病院に行きました。気分的に歩く気力も無く

「タクシー」をよんで行きました。病院の先生に「先生・・・食べる気力なくなってしまって下痢もひどいんです」と言ったら「だったら、飲むゼリーでもいいよ、後はお腹の薬だしておくから」と言われ点滴をして

帰りました。途中のお店で「ヒエピタ」買って帰ったけど、すぐに「ぬるピタ(ぬるい)ヒエピタ」になり

「全然効果ネーじゃんプンプン」と思ってアイスノンのお世話になり・・・「前だったら、おかあさんが出来たから

降りておいで~ニコニコ」と言ってくれた・・・。何か物凄くせつなくなって、悲しくなって「親のありがたみ」を知りました。母は4月1日から市内の病院から離れた「リハビリセンター」に移りました。母とは3月の末に

病院で会って依頼、会ってません。その後「飲むゼリー」でしばらく過ごし、時々バナナも食べぐったりと

した状態で過し熱は下がったものの「咳」がひどくなり再び病院に行きました。熱の原因は「マイコプラズマ菌」がいたずらした為でした。幸い肺炎になったら・・・「ゾッ!!」とします。何回かこの菌に

やられていますが以前「布団で寝ていた」時、やたら暑いな~と思って「熱」計った時「38℃」だった時もあります。

話は変わりますが・・・・。熱は下がった物の、今後は今までの精神的な疲れと風邪の疲れで「やる気」が「ドーン!!」と落ちてしまい、心療内科の先生に「先生・・・ご飯のメニュー考えるのがしんどいよ~しょぼん

前みたいにやる気でないよ~しょぼん私何も出来ない人間になっちゃった・・・しょぼん」と言ったところ先生が

良いんだよ「完璧めざさなくても、良いんだよニコニコご飯のおかずも納豆とかで良いんだよ」と言ってくれました。私は「私・・・頑張りすぎちゃったんですね・・・しょぼん」といったら「そうだよ」と言ってくれました。

何か先生の一言で救われました。元の体調に戻るまでは時間がかかりそうです。