かりん7月号の歌 黄郁婷と溝口シュテルツ真帆 | 日置研究室 HIOKI’S OFFICE

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作家の日置俊次(ひおきしゅんじ)が、小説や短歌について語ります。
粒あんが好きですが、こしあんも好きです。

 

  かりん7月号の歌 黄郁婷と溝口シュテルツ真帆

 

 「かりん」7月号から、 黄郁婷と溝口シュテルツ真帆の詠草を引用します。外国からの視点で、歌を詠むことの多い2人の女性歌人です。

 

 

  忘れてはいけない      黄郁婷(ファンユーティン)

 

ウクライナのこと忘れてゐる日本人増えゆく五月の連休も終わり

中露さらに露骨な覇権で染めていく緑にひかる春の地球を

ウクライナ忘れたころに中国の雲霞のごときドローンがくる

青山のタピオカの店すべて閉じ街より消えた台湾の香よ

新しき列をたどればドーナツ屋小さく白き店先しずか

一年後忘れられふたたびシャッターが店に下りるか薫風のなか

 

 

 東京青山に私の職場があります。渋谷から、青山表参道にかけて生活していると、周りの変化の大きさにいつも圧倒されます。少し前は台湾タピオカの店があちこちに開かれ、林立していると言ってもいい状況でした。そして長い列ができていたのです。台湾のタピオカとはかなり違っていたのですが、すごい人気でした。あんな高いものをどうやって若い人が買うのかと思いました。学食の唐揚げ定食よりもかなり高いのです。それが、あっという間にとにかく人気がなくなって、いまは、みんな潰れてしまいました。

 今はドーナッツ店ができて、長い列が連なっています。しかし長く続くとは思えません。アイアムなんとかという店ですが、かなり値段が高いです。学生に聞いたら、ミスドの方が数倍うまい、値段が高くてまずいだけだ、なぜあんなものをみんな並んで買うのかと言う話でした。

 流行だから、日本人は並んでいるのです。みんなインスタ用に写真を撮っています。そして日本人は、流行に飽きやすく、すぐに忘れてしまいます。

 ウクライナのことも、あまり短歌に歌われなくなっていますが、忘れていい問題ではありません。

 見ていると、青山界隈では、もう数えられないほどの店がつぶれていきました。これまでイキナリステーキや、有名なたこやき屋、一流の花屋、クッキーの専門店など、すぐに消えてしまった店が多いです。このあたり、店舗の賃料が数百万円になるので、よほど品物が売れないと賃料が支払えないでしょう。店がどんどん変わっていきます。

 最近もファミリーマートの店が消え、その代わりに近くにセブンイレブンの店ができました。それもまたどうなるかわかりません。新しいビルも建っています。いつもどこかが建設中ですね。変転が激しく、なんでも忘れられていきます。

 世界情勢を眺めると、中国、ロシア、ウクライナ、そして台湾のことを、いま忘れてしまうのはあり得ないことです。しかし日本人は忘れるのです。

 台湾人で短歌を詠んでいる黄郁婷は、中国に対しても容赦ない批判をしているので、はらはらします。習近平はクマのプーサンのような顔ですが、プライドにこだわり、批判するものは、若い人たちでも平気で死刑にしてしまうひとだからです。

 

 

林檎を齧る            溝口シュテルツ真帆

 

長靴におたまじゃくしを捕まえた日のこと母は幾度も語り

ひと冬を経た風車は回らずにただゆらゆらと春風に揺れ

ちょうちょ、ほん、バル、ヴァサー、マーレン、ここ、だっこ君の言葉に国境はなく

パンよりもごはんがいいと言われると故郷の青田に風が吹く吹く

いつかまた日本に行ったら惜しみなく海苔を食べると君宣言す

暗闇で青白く光るキンドルが私を連れて行ってくれるの

 

 

 溝口シュテルツ真帆は、ドイツ人と結婚し、ドイツで子育てをしながら、いつも日本のことを思うのです。溝口真帆の子供がごはんが食べたいとか、ノリが食べたいとかいうのを聞くと、私もなぜか涙が出てきます。

 私がフランスに留学していたころは、インターネットなどはなく、まさにアナログの時代で、日本とのやりとりは航空便の手紙でしていました。日本の本は手に入りにくく、食品もないわけではないですがとても高かったです。ノリやお茶は超高級品でした。冷凍した2年前の納豆が高値で売られていました。

 溝口真帆はKindleで日本の本を読んでいるのでしょうか。いまはインターネットで日本の情報やニュース、動画なども見られますし、電子書籍で日本の本が手に入りますね。ずいぶん世界が変わったものだと思います。

 もちろんドイツで暮らすことが悲しいわけではないのですが、楽しみがあるその一方で、日常の中でいつも自分が日本人だということをとことん認識させられるのです。それがヨーロッパです。

 日本が彼女の心のよりどころとなり、日本に半ば染まっている子供たちも、また彼女のよりどころとなっています。子供たちの声が、彼女の思いを素直に代弁することが多いからです。言葉の混乱も、すこし胸が痛くもあるのですが、何か幸せな混乱に見えてきます。

 歌の中の言葉の意味ですが、バルはボール、ヴァッサーは水、マーレンは描くですね。

 蝶、本、ボール、水、描く(塗る)、ここ、だっこという言葉ですが、なるほどと思います。日本語でボールという言葉はありませんね。毬だと意味が変わってきます。これはやはりバルがいいですね。日本語で「水」だと冷たく、温かいと「湯」になりますが、ドイツ語では暖かくても冷たくてもヴァッサーです。お風呂のお湯もヴァッサーです。絵を描くとか、塗る、ペイントするという行為を統合するうまい日本語が見当たりません。やはりマーレンがぴったりです。子供はしっかり選んでいますね。

 

   

 

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