禁酒 いつまで続くかな
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考えることではない

日中は、ぽかぽか陽気だった。あした(11日)からはまた寒くなるらしい。

梁石日の『夜を賭けて』を読んだ。
「生きるとはどういうことか」書かれているのはこのことだ。

何をすることが、生きるということなのか。
なにほどのこともない。
生きることが生きることだとしか言いようがない。
何々をして、何々のために、そんな「生き方」や目的など、生きるという事実の前には作り物でしかない。

どんなふうに生きようが、その、生きることが生きるということの実体なのだ。
目的だとか意味なんか関係ないのだ。おのれの生存をかけて何かをする、それもちがう。生きるということは、そんな意識なんかよりずっとたしかな事実なのだ。

禁酒、継続中

ウソばっかし

私は形式的なことが嫌いだ。大嫌いだ。挨拶をするのもあまり好きではない。

そりゃあ、同じ職場の人、よく顔を見知った人には自然に挨拶ができる。苦手なのは初対面の人だ。気軽に「こんにちは」「よろしくお願いします」という言葉が出てこない。心の中に、簡単にそう言わせない抑制装置があってそれが作動しているかのように言葉が出てこないのだ。目礼をしたり、じっと頭を下げるくらいしかできない。

気持ちがこもっていないと言葉で挨拶ができないのだ私は。最近、それでいいのだと思うようになった。前から、そう思わないではなかったが…

先週末、半年ほど出向していた会社の仕事が終わって最後の日を迎えた。その仕事の責任者は60歳くらいのY氏。挨拶にうるさい人だ。私も「だれでもいいから大きな声でおはようございますというようにしたほうがいい」といわれたことがある。

このY氏、私がその日で去ることを知っている。ところが、朝、フロアで出会ったときY氏は私に「あ」と言っただけだった。言ったというより、音声を発しただけというのが正確だろう。それだけで別れた。私も抑制装置が働いたためか彼には目礼しただけでその場を離れた。

これと対照的だったのが年配のT氏だ。この人は、朝、私のデスクまでわざわざ足を運び、「お疲れさんでした」といってくれた。私も「ありがとうございます。お世話になりました」と言葉を返した。こういうときは言葉が口をついて出てくる。

「あ」としか発しなかったY氏と私との関係は、何か問題が生じて気まずくなっていたわけではない。つまり、こういうことなのだろう。

Y氏も結局、いざとなれば気持ちがこもらない挨拶はできないのだ。


禁酒、依然継続中

丸1か月経過

酒をやめたのは去年12月25日。
昨日も飲まなかったので、これで丸1か月飲まなかったことになる。
1か月も飲まないなんて何年ぶりだろう。あんなに飲んでいた毎日がウソのようだ。

忙しかったのでずいぶんブログともご無沙汰してしまった。あと2週間の辛抱だ。この忙しさから解放されるまで。

歯が痛くなってきた。どうも多忙になると痛み出すような気がする。
歯医者に行くのはイヤだしなー。いやだいやだ。

禁酒、まだ続いてる

このところむやみに忙しい。
今日もさっきまで仕事。明日も仕事だ。
忙しさの原因は…、いうまい、いうまい。

ところで私の持病、痛風。(酒をやめたんだから、もう持病とはいえなくなっていると思うけれど、一応、持病)
基本的には代謝が悪いことが原因。脂肪がちゃんと分解されないで、尿酸になってたまるのですね。

難しいことは知らないが、尿酸の元は、細胞の核を構成しているプリン体という物質らしい。そこで、プリン体を多く含む飲食物は摂取しないほうがいいとされている。飲み物ではビール、食べ物では明太子とか、たらこ。

しかし、最近の説では、プリン体の量は、体外からの摂取でよりも、より多くは体内で作られて増えるのだそうだ。プリン体を増やす原因で大きいのは、ビールに限らず飲酒一般とのこと。

痛風になりたくなければ(ならないにこしたことはない)、栄養のバランスの取れた食事にすること、野菜を食べること、酒を控えることが重要だときいている。

痛風の痛みはほんとにひどい。この痛みを取り除いてくれさえしたら、ああ神様、なんでもします、という気になる。

禁酒、継続中

去年の夏から暮れまでの酒量を書いたが、それは、うちで飲んだ酒量である。ほかに外でも飲んだ。

よく行ったのがゴールデン街。去年の夏以降でいえば、10月くらいまでは週に2、3日ほど、そのあとは、ほぼ週に1日。1日につき1軒の店で終わることはない。だいたい3~4軒はまわる。

うちに帰る道すがら、飲み足りないと思えばドラフトワンや黒生を買った。

去年の年明けから夏以前を振り返ってみると、2月に痛風の発作があったのでその後は週に2日は酒を抜こうと思った。

しかし週に2日も酒を断てたのはほんの数週で、じきに休肝日は週1から月2、月1くらいとなり、やがて6月にはそれも怪しくなった。

2月に起きた痛風の発作は私にとって3回目の発作だった。このときがいちばん激烈な痛みだった。万力で足の指の付け根をぎりぎり挟みつけられているような感じで、ほかに何もすることが出来ず、ただ痛みに耐えるしかなかった。

こんな目に遭ったというのに、「のどもと過ぎれば」で、痛風によくないはずの飲酒をやめることはなかった。

禁酒丸16日

 9日の日曜日も飲まなかったので、酒を断つこと丸16日。続けていけそうな気がする。酒を飲まないことが少しも苦しくない。

 去年の夏から12月24日まで私はほぼ毎日飲んでいた。ベースは焼酎、渇きを癒したいときはサッポロのドラフトワンか黒生。焼酎は500ミリリットルをロックで飲んでいた。飲み足りないときはさらにドラフトワンを500ミリリットル1缶、熱帯夜で暑くて眠れないときは500ミリリットル2缶を追加した。

 飲まずにいられなかった。歩いて3、4分の範囲に酒が買えるコンビニが4軒ある。全部、もとは酒屋だった。毎日、代わる代わる回っては焼酎なりドラフトワンなりをピーナッツやソーセージなどのちょっとしたつまみと共に買って飲んだ。考えてみれば、酒屋だった頃から通いつめていたのだ。

 だんだんそんな自分の姿にを感じるようになってきていた。
 

禁酒14日目

 去年から、といっても先月からだが、酒をやめた。25日からやめているので今日で14日目。

 頭に巣食っていた「酒を飲みたい」という欲求が今ではなくなった。あの欲求は、いったいなんだったのだろうか。飲んでいたときは、あれほど激しく「飲む」行動に駆り立てたあの欲求の正体は。

 なぜ、「それ」にとりつかれたのだろう。少しずつ考えていきたい。