思いのこもった修練を

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私は 錬功会を担当していて

修練者が、黙念しているときに、

 

その黙念している 「念訣」が聞こえるときと

全く聞こえないとき とがあります。

 

その黙念は 本当に耳で聞こえるというよりは

もちろん「感覚的」なものです

 

ある修練者の 「念訣」は 12字真言はもちろんのこと

きっぱりとした 確信に満ちた 思いが込められていました。

 

しっかり頑張ろう 

手の関節は 頑張って大きく動かそう

労宮から 内臓にエネルギーを届けて元気になろう

などなど、

 

修練への願いが 聞こえてくるような念訣でした。

ご本人に 聞いてみますと 

 

私は 修練で ようやく命をつないでいるので

本当に 一生懸命に 頑張らないといけないのです。

とおっしゃいます。

 

この発言は、 本来は どなたにでも

当てはまる言葉だと 思います。

 

だれもが、自分の命の長さなど

判らないのですから

 

念には 念を入れて 修練をする。

思いを込めて 言霊を大事にして 念訣をする

この念入りな 念訣をすることが

きわめて 大事なのです。

 

修練の質を決定するものです。

ただ、長い時間時間を修練すれば 良いのでは無く

形式的に 修練を継続すれば 良いのでもありません。

 

黙念であっても

体中に 念訣が響き渡っているような 念訣こそ

毎日の 修練の基本です。

 

頑張りましょ! 修練

念訣がうまく 出来なければ 

声を出して 声念して修練すること お勧めします。