聞法会の後、ある聴聞者が『お恥ずかしい話しですが、今、如来さまの光を感じています。』と語りかけてきた。
その方は、脳梗塞の後遺症に長い間悩まされておられた。
リハビリのおかげで随分軽快したものの、片腕の麻痺は著しかった。
当初は、『不自由な姿を人に見られたくない。』と、外に出るのも億劫だったという。
しかし、不自由ならがも足だけは動かせた。
何とか自転車にまたがって聞法会に来られたのだ。
それは、『病気になったからではなく、それ以前から如来さまの光に照らされていた。こんな私でも。』と仰った。
この覚めが嬉しくて黙ってはいられなかったのだろう。
智慧の光明はかりなし 有量の諸相ことごとく
光暁かぶらぬものはなし 真実明に帰命せよ
如来の智慧は、光となってあらゆるものを照らすことから無量光という。その光は暁の闇を破るように迷いの衆生を照らし、偏見の智慧しか持てない存在であることを知らせてくださる。
『ありのままの真実の相(すがた)に気付かせてくださる如来さまにすべてを任せずしてどうしておられようか。』ということである。
そして、フラフラと危なかしく自転車をこぎながら帰っていかれた。
いいお話しを聞かせていただいたことである。
サンライズ